第202話「鶴の一声」


「コスプレして接客が無難なところかな」

「そうだね。あとは各自が好きなようにコスプレするのか、それとも揃えるのかを決めないとね」


 話し合いも終盤に差し掛かり、コスプレをするという方向で固まったようだ。


 文化祭でコスプレときいて、いの一番に思い浮かんだのが、メイド服なのだが、それは果たして男子の全員が思うことなのか、翔のようなコアなオタク趣味を持つ者しかないのか、判断の付きにくいところだ。


 それはそうとして、コスプレに決まった場合、注目を浴びるのはやはり、男達ではなく女性陣のはずなのだが、特に気にした様子もない。

 桜花や蛍に全部任せてしまおうとでも考えているのだろうか。


 桜花がやりたいというのなら翔も口を挟む気は無いが、もし、それが周りに強要されてのことならば声を上げるのも視野に入れておかなければならない。


「待て」

「どうしたの?須藤くん」

「コスプレは全員参加か?」

「希望者だけにしようかと思ってるよ。注目を浴びたくないって人もいるだろうし」


 須藤が珍しく、授業中に声を上げた。しかも、それは翔が知りたいと思っていた情報だった。須藤と考え方が被ったというのはあまりいい気はしなかったが、これで妙に平気な顔をしていた理由がわかった。


 須藤も分かったのだろう。先程とは違い、一層、声量を上げて自分の存在を主張する。


「そんなことをしたら双葉と綾瀬だけになるんじゃねぇのかよ」

「双葉さんと綾瀬さんが良ければにはなるけどね」

「は?何のために出し物しようとしてんだ、あ?」


 口は悪いが全くもってその通りである。

 誰もせず、蛍と桜花に全て任せるのならばこのようなクラスの出し物として文化祭に出場する必要は無い。


「何のためって……。楽しむためだよ」

「人に任せて?自分達は高みの見物で楽しむのか。反吐が出る」

「ちょっと須藤くん、それは言い過ぎ」

「あ?やる気のねぇやつが出張ってくんじゃねぇよ。やるなら全員でやる。それがダメならやらない」


 須藤がひそひそと「何なのあいつ」「変に仕切ってる、きも」「うざ」言われているのを翔も桜花も黙って聞き入っていた。


 須藤の言っていることは正論で翔も声を合わせたいところだが、須藤の言い方がきついせいか須藤の意見に感銘を受ける人はほとんどいないようだった。


「みんな、どうかな」

「そこまで言うなら須藤くんがコスプレでもすればいいじゃん」

「俺もやるのは当たり前だろ?みんなで時間を割り振って決めんだよ」

「メイドかタキシードかウエイトレス」

「メイドには猫耳つけようぜ」

「うわっ、願望丸出しじゃん」

「悪いかぁあ?!彼女のいない俺にはこれしかないんだぁああ!!」

「おまえがメイド服着ろよ」


 話し合いと言うよりも意見のぶつけ合いになっていた。白熱していい感じになっているように感じる。


 翔はちらりと桜花の顔色を窺った。

 桜花はするつもりがあったのだろうか。いや、そもそもメイド服を知っているのだろうか、と少し失礼なことまで考えていた。


「何ですか。先程から人の顔をじろじろと見て」

「コスプレの話になったけど、桜花はコスプレするつもりがあるのかなぁ、と」

「みなさんの決定ならば仕方がありません。メイド服でもタキシードでも着ますよ」

「タキシード着るの?!」


 翔はあまりに驚いたために、大声をあげてしまい、注目を浴びた。

 そして、次の瞬間には「桜花ちゃんがタキシード?」「双葉さんが??」「マジか」と少し混乱状態に陥っていた。


「みんなちょっと落ち着いて」

「この際なら男子はメイド服、女子はタキシードにする?」


 どこに需要性が?と、翔は思わず心の中でツッコミを入れたが、桜花がきらきらとした目でこちらを見てくるので自信がなくなった。


「どうしても無理だっていう人はそうじゃなくていいことにしよう。やりたい方を選んで」

「決まっちゃってるよぉ……」


 翔は気が乗らなかった。

 タキシードを着た桜花の隣に、同じように翔が並んだとして、見栄えが負けていないか、とか、メイド服を着た桜花が変なやつに絡まれていないか、とか自分がメイド服を着て、そもそも誰に需要があるのか、など。

 考えることが山ほどあり、頭の整理が追いつかない。


「翔くんはどちらを選びますか?」

「僕がメイド服とか罰ゲーム以外ありえないよ。似合わないし」

「翔くんは少しお化粧をすれば女の子になると思いますけど」

「骨格の作り方が違うから!妙にゴテゴテした肩のメイドとか嫌でしょ?!」

「世界のどこかにはいます」

「説得諦めたな」


 翔ははぁ、と大きなため息を吐いた。

 桜花はどこか困ったような様子だったので、何を考えているのかを訊ねてみた。


「私はタキシードにしようかと」

「これまたどうして」

「普段は男性用の服を着る機会がないので……」

「家にある僕のなら着てもいいけど」


 翔がぼそりとそう零すと、みんなには見えないところでぺしっと叩かれた。


 照れているということが分かり、そこで自分の発言がどの意味を包容しているのかを知った。


「あと、メイド服はラインが目立つらしいので……。あまり肌は見せたくありません」

「綺麗なのに……。まぁ見せたくないなら仕方がないな」

「……みんなにだけです。翔くんなら……いいですけど」

「……」


 学校なのに、クラスメイトがいるのに、翔はどうしようもなく抱き締めたくなった。


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