第190話「狙いを定めて」
さて、標的を落とせなかったにも関わらず、飄々と己の彼女といちゃついているカルマは意識の外へと追いやる。
いつも勝てず、桜花ですらも今回も負けるだろうと思われているだろう。
しかし、翔は今、どうしようもなく気分が高揚していた。所謂、ゾーンというやつなのだろうか。
進撃の巨人のアッカーマン一族程ではないが、何をどうすればいいのか、身体をどう動かせばどうなるのか、がはっきりと分かる。
幸いにも、翔のそれはカルマのように表立って現れるものではなかったようで、翔以外の人は何ら変わりなく楽しくお喋りをしている。
好都合だ、と翔は好意的に解釈した。
翔は他人からの注目を集めるのがあまり好きではない。それどころか苦手ですらある。
カルマのように他人にまで緊張を伝えるほどの圧倒的な空気の張り詰めはないが、翔はカルマと同じ程の集中力を持っていた。
スコープはないが、あると仮定して、覗き込む。目標は大きく、狙いを定めるところは小さく。
重心が置かれているところを予想して、そこに弾を叩き込む。コルクなので、運任せにしては通用しないだろう。
ふっ、と軽く息を吐き、同時に息を止める。
パンッ!と軽い音が鳴り響いた。
翔は虚無の時間を感じる。
それはどうしようもなく長い時間だったように思える。この世に動いている生命体は己しかおらず、何一つとして、動かない虚無の世界。
そんな翔を現実に呼び戻したのは射的のおじちゃんの鳴らす鐘の音だった。
「やったな兄ちゃん!!一番の大物を落としやがった!」
「えっ?……うん?」
見知らぬおじちゃんに肩をばしばし叩かれ、すっかり気遅れてしてしまった。
「おめでとうございます」
「桜花」
桜花は翔の射撃を見ていたのか、それともおじちゃんの鐘の音で気付いたのか、そっと翔の隣に駆け寄って祝福してくれる。
そんな桜花を見ていると、罰ゲームを決めかねていたことなど、どうでも良くなってくる。
「あれ?翔……」
「落としちゃったの?一発で?!」
翔がようやく、自分の功績を理解し、自慢するためにカルマ達を呼ぶ。蛍は信じられない、とばかりに目を丸くさせ、カルマは驚きを通り越して最早呆れてすらあった。
「もしかして射撃やってたのか?」
「いや、シンジくんの気持ちになっただけだけど?」
「それで撃てるの?赤井さんイメージ、と言われる方がまだ納得できるが……」
「スナイパーだな、それ」
赤井秀一さんは凄腕なので、翔と比べるのはおこがましい程である。
「兄ちゃん、これ、景品」
「あ、ありがとうございます」
そう言って受け取ったのは、可愛いイルカのぬいぐるみだった。
正直、男の翔がこれを持ち歩きながら出店を闊歩するのは気が引ける。翔は若干顔を引き攣らせながら、桜花達の元へと戻る。
「おめでとう」
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
ぱちぱちと拍手が送られる。
自分で決めたご褒美なので尚更に恥ずかしかった。
「これあげるよ」
「私にですか?」
「カルマにあげてどうするんだよ」
翔はそのイルカのぬいぐるみを桜花に渡した。
その方がこれからの見栄えも凄く良くなるし、何より可愛いぬいぐるみを抱いている可愛い桜花を見られるということでもある。
しかも浴衣姿。
翔以外の人にも見られてしまうというのは少し残念な点ではあるが、それはもう必要経費である、と諦めた方が良さそうだ。
「ありがとうございます。……一緒に寝ます」
「……うん、まぁ、好きに使ってくれ」
桜花がぬいぐるみを抱いて寝ている姿を想像してしまい、ほっこりとしてしまう。そんな翔の姿を見て、何か邪なことを考えている、と察知したカルマが翔の腹をつついた。
「何だよ」
「別に。彼氏してるなー、と思っただけだ」
「嘘つけ」
翔もとりあえずカルマの腹をつついておいた。これでおあいこだ。
「えっと……。これって私がカルマくんの罰ゲームを決めればいいの?」
「まぁ、そうだな。生かすも殺すも……は言い方がきついか。軽いのにするのも重いのにするのも自由だ」
「ふむふむ、なるほど」
蛍が何やら嬉しそうな顔で頭を回転させ始めた。
罰ゲームを決めたのは翔だが、それに乗ったのはカルマなので、やっぱなし、は使えない。カルマも蛍の前だからか大人しくしていた。
「この罰ゲームはいつまで有効なの?」
「うーん、じゃあ、この花火大会中ぐらいにしておこうか」
「おっけー!それまでに考えとくね」
「うわっ、憂鬱だなぁ」
蛍が指でオーケーサインを作る。カルマはそれに対して悪寒を覚えたらしく、ぶるぶると身震いしていた。
「お、武者震いか」
「お、おうよ!ドンと来いやぁ」
カルマは一人でハードルを上げていく。
翔は笑いを堪えるので必死だった。カルマの視線がもうやめてくれ、と訴えているが、それは蛍に頼んで欲しい。
「まさか、翔くんが勝つとは思ってませんでした」
「そうだよな、僕が撃つ時、誰も見てなかったもんな」
「……ごめんなさい」
「いや、別に怒ってはないよ」
もしかしたら、視線を感じてしまい、上手くいかなかったかもしれないのだ。複雑な気分ではあったが、桜花に謝られることは何もない。
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