第191話「綿菓子」


 しばらく歩いていると、小腹が空いてきた。とはいえ、まだもう少し、花火が上がるまでは時間がある。


 カルマ達が絶好の穴場スポットを見つけた、とのことなので、その場所が人で埋まってしまうことは無いだろう。


 何しろ穴場なのだ。

 それに、天高く上がる花火も下の方で脇役に徹する花火も見れるらしく、楽しみで胸が膨らむ。


 桜花も桜花でこのような花火大会に来るのは初めてなので、すべてのものに物珍しそうな視線を向けている。


「綿菓子、ですか?」

「食べてみる?」

「少し興味はありますが、全てを食べ切れる自信がありません……」

「そうか……。なら僕と半分にすれば食べられそうか?」

「翔くんが残りを食べてくれるなら安心です」


 特に目を惹かれていた綿菓子を買うことにした。翔はあまり、綿菓子について詳しくなかったので、味を選べと言われてもどれが良いのかわからなかった。そのため、適当に順当なものと思われるイチゴを選んだ。


 綿菓子は作られるところからもう面白い。案の定、桜花はじっと見入っていた。しかも、その時にもしっかりと翔の手を握っているので、桜花の仕草一つ一つが全てゴリゴリと翔の精神を蝕んできていた。


「あれはカップルか、それとも夫婦か」

「私はカップルよりの夫婦だと思ってる」

「奇遇だな。俺もだ」

「私達も買う?わたがし」

「俺も蛍もあんまり好きじゃないだろ……?買うなら止めないが」

「何かあの二人見てると食べたくなってきちゃった」


 蛍達も翔達に遅れて綿菓子を購入した。

 蛍は冒険心に従うタイプのようで、翔と同じように味のバリエーションに圧倒されたあと、目を瞑って適当に指をさして決めた。


 どんな味を頼んだのかは翔の視点からはどうしても見えなかったので、翔はカルマのためにせめてマシな味であってくれと願った。


「これはどうやって食べるのですか?」

「うん?普通に齧り付いてもいいし、手で小さく分けてもいいよ。代わりに手がベトベトになるけど」

「でしょうね。砂糖を手で触るのですから」


 翔は未だに自分が綿菓子を持っていたことに気づき、桜花に渡そうとするが、


「私はイルカさんを持っているので持てません」


 と、断られてしまった。

 ではどうやって食べるのか。そんな翔の疑問は直ぐに解消された。


 桜花は髪を耳にかけながら、小さな口で綿菓子にぱくりと噛み付いた。その艶やかさに翔は堪らず戦慄した。

 どうしようもなく精神を削られる。


「美味しいですね。とても甘いです」

「砂糖だしな。でも食べ過ぎると飽きるんだよなぁ」

「きっと大丈夫でしょう。元々は一人分ですし、二人で食べれば飽きる前には終わりますよ」


 そう言って励ましてくれる桜花に微笑みを返す。


(ということは、僕はこれからアレを何度も耐えないといけない、ということか)


 しかし、その仮面の微笑みの奥には決意を固めた表情が潜んでいた。


「これ何味?」

「サーモンとメロンパン味」

「何故にそのようなゲテモノを?」

「目を瞑って指さしたのがこれだったの。運命らしい」

「それで運命使うのはどうかと思うが……。これは食えたものじゃないぞ」

「私が食べさせてあげるから食べて」

「えー」

「はい、あーん」

「あー」


 カルマ達の綿菓子は翔の願いも虚しくおかしな味だった。そもそも、サーモンとメロンパンは合わないだろうに。


 不思議な味の組み合わせだな、と思った。

 ……食べたいな、という訳では無い。


 カルマが蛍に強引に食べさせられているのを見ていた桜花はじっと翔を見つめてくる。


「何でしょう?」


 何を言いたくて、何をしたいのかは薄々と感じながらも訊ねずにはいられない。

 桜花は少し悩んだあと、おずおずと思いを口にした。


「翔くんも食べますか」

「え?あぁ、食べるよ」

「では食べさせてあげます」

「はい?」


 桜花は翔が何かを言うより前に翔の口に綿菓子を突っ込んだ。

 元から甘かったはずの綿菓子が心做しか更に甘くなったような錯覚を覚える。


「あまい……」

「砂糖ですからね」

「手は汚したくなかったんじゃなかったのか?」

「ちゃんとウエットティッシュを持ってきたので大丈夫です」

「なら綿菓子持てるじゃん」


 翔の叫びは桜花の微笑みで返された。

 一瞬だけ、もしかすると翔に食べさせてもらいたいから、わざと受け取らなかったのかと思ったが、いやいやそんなはずは、と直ぐに首を横に振った。


「蛍、ちょっと待て。俺に食べさせる量が明らかに多いだろ?!」

「カルマくんだーいすき!あーん!」

「ふぎゃあぁああ!!??!?」


 あちらもあちらで楽しくしているようだ。これでこそお祭りという感じだろう。


「蒼羽くんは大丈夫でしょうか……」

「まぁ、綿菓子嫌いなのに買うのが悪い。関わらない方がいいさ」

「サーモンとメロンパン味は私も流石に食べたくは無いです」


 確かにな、と笑いあった。

 桜花はもう一度、イチゴ味の綿菓子を確かめるべく、翔に食べさせてもらっていた。


「やっぱり美味しいです」

「イチゴは王道だからな」

「少しだけ砂糖に味付けはどうするのかと気になりました」

「理系思考だなぁ」

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