第187話「別人ですね」
カルマに髪の毛をいじられ続けること10分。
本当ならばもう少し懲りたいらしいが、ここへ来た目的を見失ってしまいそうだったので、それなりまでに留めてもらった。
カルマが「ここでやめてもいいのか?もう少しいじれば双葉さんが惚れるかもだぞ?」と心揺さぶりかけてくるので、悩みに悩んだ。
自分で自分の髪の毛をいじったことがなかった翔は今までの自分とは違う鏡に映った自分の姿にほぅと感嘆にも似た息を漏らした。
「なかなか様になってるだろ?」
「おー、僕じゃないみたい」
「翔は髪の毛をあげるだけで結構好青年に見えんだから日頃からすればいいのに」
「日頃から10分かけて髪の毛作るぐらいなら寝るわ」
「それ女子の前では禁句だぞ」
最後の仕上げを終えたカルマが翔の背中をべしっと結構な力で叩く。
元々力が強いので加減はしてもらいたいものだが、きっとこれでもカルマの中では手加減してるのだろうと思うとそこそこにやり返すだけに留めることにした。
翔の姿はカルマと横に並んでいても遜色ないほどに綺麗な好青年に映っていた。これで、桜花や蛍の元へと戻っても、きっと浮いている、とは思われないだろう。
翔の気持ちを気にしてくれたのか、桜花と釣り合いを取るためにしてくれたのかは判断がつかないが、兎も角もワックスによって、翔の気持ちは高揚したのは確かだった。
「あんまり待たせるのもよくないからな。そろそろ行こうぜ」
「あぁ」
「双葉さんにかっこいいって言って貰え」
「うるさい」
言われたいとは思っていたが、それを隣から揶揄されると否定してしまう。
翔達が不安と期待を胸に抱きながら彼女達の元へと戻ると、二人は楽しく談笑していたようで、彼氏といる時とは別の同性同士でしか見られないような笑みを浮かべていた。
「ただいま」
「あ、おかえり〜。おっ?!翔くんが……!!イケメンになってるぅ〜!!」
しかし、そこに恐れず突っ込めるのは流石、カルマと言うべきか。
蛍はカルマにワックス案を提案していたらしいのだが、この反応を見る限りではとてもそうは見えない。
想像以上だった、という説もあるだろうが、イケメン、と言われても反応に困る。
この世に産まれてきてからこの方、イケメンと言われたことなど皆無なのだ。
言われ慣れているようなカルマなら兎も角も、翔は初めてなのでおろおろと目を泳がせるしか無かった。
「翔くんがおろおろしてる〜。かわい〜」
「あまり翔くんをからかわないであげてください」
「桜花ちゃんがヤキモチ妬いてるー!」
「蛍〜?少し落ち着こうか。テンションが高すぎて皆がついていけてない」
カルマが蛍の手を引き、大人しくさせる。
桜花と何を話していたのかは分からないが、そんなにテンションが上がるような話をしていたのだろうか。花火大会に来たから盛り上がってしまって、という訳では無いのは何となくではあるが察せる。
「カルマにしてもらったんだけど……どうかな」
「……お、落ち着かないです」
「落ち着かない?」
ほとんどオウム返しになってしまうが、桜花はこくりと頷いた。
翔は何か見せてはいけないものを見せてしまっているのか、と自分の容姿をもう一度くるくる回って確認するのだが、別段おかしいところは無い。
「翔くんがかっこいいので……誰かに取られてしまうのではないかと……」
「誰かに取られるって……」
翔にはそのような発想はなかったし、桜花のちらちらとこちらを窺う様子がおかしくてくすくすと笑う。
途端に桜花がむっとしたのは言うまでもない。
「どうして笑うのですか」
「いやだってさ。桜花のために髪の毛いじったのに誰かに取られたら元も子もないじゃん」
「それは……そうですけど!!でもそう思ってしまったのですから仕方ないです!!」
「誰かに取られないようにしないといけないな」
「そんなことを言う翔くんとは手を繋いであげません」
「ごめんごめん。隣に居させてください」
翔が慌てて謝ると、桜花は何も言うことなくすっと手を差し出してきた。翔が包み込むように握ると、形は直ぐに恋人の形へと変形する。
「いつもよりかっこいいですよ」
「いつもはかっこ悪そうだな……」
「いつもは居心地がいいのです」
「何だそれ」
桜花が囁くようなほど小さな声で話すので、聞き取るのに苦労するがそこは彼氏。一言一句漏らすことなく聞き取り、返事をするが、いつもは居心地がいい、という意味がよく分からなかった。
翔と桜花が横並びで蛍とじゃれあっているカルマの元へと行こうとすると、「んんっ!!」と濁音気味なわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「甘い時間をお過ごしなところ申し訳ないがそろそろ行かないか?」
「別に甘い時間は過ごしてない。カルマの方がいちゃついてなかったか?」
「俺達はいつものことだから。それより翔、キミはこれを見てもそう言えるのかね?」
カルマは翔だけに見えるようにスマートフォンを見せてきた。その画面に映っていたのは浴衣を着た絶世の美少女と、髪の毛をいじって爽やか好青年に見せている男が楽しく談笑している姿だった。いや、男の方はもう楽しくどころではなく、頬がこぼれおちてしまいそうな程だった。
「もう一度問おう」
「貴方が私のマスターか」
「やめろォ?!俺のターンを取るんじゃない!」
「後で写真ちょうだい」
「お、おう。……あれ?何か俺が言いたかったこととは違うんだけど、まぁいっか」
翔はその幸せな一枚をカルマから貰う約束をした。
自分だと思わなければとてもいい絵面なので、この写真は貰うしかないだろう。
そしてこっそりアルバムにでも入れておこう。
そんなことを画策しながら、ようやく翔達の花火大会は始まった。
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