第176話「放課後ティータイム」


「それで?浴衣はちゃんと背丈にあってたのか?」

「うん、ばっちり」


 翔とカルマは学校近くのとあるジャンクフード店に来ていた。

 放課後に学生御用達と化しているこの店は今よりもう少し遅い時間になると、部活動が終わった部活動生達が押し寄せてくる。


 それを回避するために、その時間前には解散することに決めているのだが、それは正直女性方の用事にもよるのであまり、時間厳守、と考えてはいなかった。


「俺達もちゃんと用意しとかないと……」

「まだ時間はあるからゆっくりでいいんじゃないか?あと四日ぐらいあるだろ?」

「そうは言うけど、四日なんてあっという間だぞ?あれだけ長かった夏休みが簡単に過ぎ去ってしまったように時間は俺達が考えてるほどゆっくりじゃないんだ」

「流石、夏休みの宿題を学校に来て終わらせた人は言うことが違うな」


 翔が冗談めかして言うと、カルマはだろ?と得意気に鼻を明かした。

 ここで二人が楽しくお喋りしているのは夏休みのことについての進展の共有、という訳では無い。


 勿論、その点も無くはないのだが、本筋は桜花と蛍がどうしても委員会で手が離せないらしく、委員会ではない翔達は暇を潰すことにしたのだ。


 ……そんな理由なら別に進展の共有を主にしてもいいと思うのだが。


 兎も角、翔は頼んだジュースをずずっと飲む。

 バーガーも頼もうかと思ったのだが、もし夕食を食べきれなければ金輪際、こういった夕飯前のお茶会を禁止にされてしまいかねないので、ジュースとポテトだけに留めておいた。


「その分、夏休み期間中は沢山、蛍と遊んだからな」

「おっと、惚気か?」

「悪いかよ」

「いや、むしろ歓迎だ」


 翔は続きを促した。

 桜花という絶世の美女が彼女にいるからなのか、人の惚気を聞いたところで翔は強烈な嫉妬のような感情を抱かない。

 むしろ、仲良くやってるんだな、程度にしか思わない。


 たまに羨ましいようなシチュエーションを話される時には自分もやって欲しい、やりたい、と思うこともあるが。


「どこ行ったんだよ?」

「水族館とか〜遊園地とか〜カラオケとか〜ボーリングとか」

「結構行ってるんだな」


 指を折り曲げながら伸ばし口調で言うカルマは度々その時の思い出を振り返っているのか、思い出し笑いをしている。

 余程、いいことがあったのだろう。


 しかも、二人でカラオケやボーリングにまで行っているとは思ってもいなかったので、とても羨ましい。


 ふと、桜花の歌声はどんな感じなのだろうか、と想像した。それこそ、天に昇るが如くの澄み切った歌声を披露してくれるかもしれない。


「翔?おーい、翔」

「ん?何だよ、今いい所なんだから」

「妄想は帰ってからやれよ!」


 カルマはとても聞いて欲しいようなので、名残惜しくはあるが一旦、想像は置いておく。


「惚気てもいいか?」

「ん、許可しよう」


 翔がわざとらしく上官のように傲慢に許可を出すと、カルマは下っ端のようにへこへことわざとらしく頭を下げた後に話し始めた。


「俺達は水族館、遊園地、カラオケ、ボーリングの順番で段階を重ねていったんだ」

「ほぅ。段階、ね」


 ここで、大凡に勘づいた翔は流石高校生男子だと言ったところだろうか。


「水族館デートでは手を繋ぐことに成功。続く遊園地デートでは……こ、恋人繋ぎにまで発展させることに成功した」

「おっ。着々と段階踏んでますな〜」

「待て翔。まだ終わらない。続くカラオケデートでは……ハグをしてみた」

「してみた?」

「いや、それが罰ゲームでさ。点数機能があるだろ?それで一曲の点数をかけて勝負したんだよ。「負けた方は勝った方に抱き着く」っていう罰ゲームつきで」

「それ罰ゲームか?」


 ご褒美では無いのだろうか。しかも密室。


「蛍が言い出したことだから……それについては触れないでくれ」


 カルマもご褒美では無いのだろうか、という疑問を抱いていたらしく、翔の思考を静止させた。


「短時間でよくそこまで進むな」

「待て、まだ終わらんよ」

「あー、ボーリングデート?」

「そう。そこで……」


 そしてしばらくの沈黙があった。

 惚気を聞くのが嫌い、見るのが嫌い、話されるのが嫌い、という人がいるが、案外、惚気を話す人の方が体力を使うのかもしれないな、と翔はふと思った。


「キス、したんだ」

「ほぅ!」


 翔は思わず身を乗り出した。

 手繋ぎからキスまでを夏休み期間だけで終わらせたそのスピードもだが、ここまで翔を食いつかせたのはカルマの一つ一つの身動ぐ動作に他ならない。


 あの、須藤から助けてくれた時のカルマはどこへやら。今ではすっかり恋する乙女で彼女との惚気話を翔に恥じらいながらも教えてくれる。


「ボーリングのどこで?」

「帰り際の駅で」

「とても興味深い」


 翔はどこかのヤク中探偵のように手を顔の前で交わらせる。


「俺の内心を推理するのはやめろ」

「初歩的な事だ、友よ」

「やめ、やめ、やめろぉ!」

「ここでカルマが言いたいのは、只管に蛍が可愛いということだ」


 翔が当たり前のことをキメ顔で言う。カルマはそれに対し、いやんいやんと顔を手で覆い、身を揺らして悶えている素振りを見せる。


 途中から悪ふざけになってしまった。


 こほん、と翔の後ろ側から咳払いが聞こえる。

 翔とカルマがその咳払いに気を引き寄せられ、顔を上げる。


「お待たせしました。翔くん」

「ごめんね、待たせちゃって」


 そこには翔達の最愛の彼女達が立っていた。


「翔くん〜?人の彼女だからって安易に褒めてたら本当の彼女が勘違いしちゃうから気をつけてね?」


 蛍はカルマの元に行く前に翔にこそっと耳打ちした。翔は何のことだか分からなかったが、ともかくも、うん、と素直に答えた。


 桜花も特にこれといって変わった様子はない。


「僕は桜花が一番なのに」


 今更だな、と翔が思っていると、桜花が恥ずかしそうに顔を俯かせながらぺしっと翔の二の腕を叩いた。


「急にそういうことを言わないでください」

「ん〜、まぁ事実だしな」


 翔は言葉を濁しながらも、あれ、桜花を、照れさせることに成功してね?と若干喜んでいた。


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