第177話「……無人島ですよ?」
翔とカルマは隣に彼女達を迎え入れた。
元よりカウンター席ではなく、テーブル席で喋っていたので人に迷惑をかけるようなことはしていない。
「早かったな」
「思ったよりも早く終わったからね」
「滞りなく終わりました」
「それは上々だな」
蛍とカルマの話に合わせるように翔と桜花も話し出す。
すっかり桜花も蛍も翔とカルマの隣に収まっているところから、早く終わったので早く帰ろう、という訳では無いらしい。
いや、普通はそうだろう。
翔と桜花は同じ家に住んでいるので、その辺が他のカップルとは違うように思ってしまうが、高校生の恋人にとって大切にしたい時間はこういう何気ない放課後なのだ。
学校にはどちらともに友達がいて、中々話す時間が取れない。
家に帰れば宿題や、家事に追われ、親や兄弟がいれば、電話することもままならない。
自由に二人の時間を過ごすことのできるこの放課後をそう簡単に終わりにはしたくないのだろう。
桜花も蛍のそれをわかっていて合わせているのだろう。
翔は今、ようやくカルマ達の思いを理解したことを申し訳なく思った。
「ポテト食べるか?」
「いえ、ご夕飯が食べられなくなってしまいますから」
「今日のご飯は?」
「帰ってからの秘密です」
翔の問いに、いる、と答えたら新たにポテトを補充しようかと思っていたのだが、その必要は無さそうだ。
ふと、翔は羨望にも似た眼差しを向けられていることに気づいた。
「な、何だよ」
「もう何か、カップルとか通り越して夫婦じゃね?」
カルマがぽつりと漏らし、蛍が激しく同意する。
一緒に暮らしていて、両親がいないのだから翔か桜花のどちらかが自炊するしかない。
偶には今度、外食にでも連れていこうとは思っているが、兎も角、夫婦と言われるのは嫌な気持ちこそしなかったが、心外だ、と言う気持ちが強かった。
翔だって作ろうと思えば作れるのだが、桜花が料理に関しては頑なに譲らないのでそこは任せっぱなしになっている。勿論、食後の後片付けなどは翔も手伝っているが、最近キッチンに立っていない。
「ただの夕飯の話だからな?」
「分かってるわかってる」
「その顔はわかってない顔なんだよなぁ」
「んで?だいぶ話が逸れていってるけど翔の夏休みはどうだったんだ?」
「僕の夏休み?」
「そうそう。俺はもう言ったし、翔も話したいだろ?」
カルマと二人ならば話しても良かったのだが、当の本人がいる前で惚気を話すのは些かハードルが高すぎる気がする。
翔はちらっと桜花に視線を向けるも、桜花は全く気にした様子もなく平然としていた。
「私も知りたいな」
「蛍達のことは聞いたしな」
「え、うそ。カルマくん?何を話したの〜?!」
「一から十まで」
翔が助けを求めるカルマを無視して聞いたことを全て暴露すると、蛍は微笑みながらすっとカルマを見据えた。
これは全く笑っている顔ではなかった。
顔が美しい人ほど、怒ると怖いらしい、というのはどうやら本当だった。
「私は聞いてません……」
一人、会話から外れてしまった桜花が少し拗ねたように独り言を言う。
「後で教えてあげるよ」
「やめろ!翔!蛍の前でそれ以上は……」
「超スピードで恋人の階段を上った話だ」
「カルマく〜ん?」
このヒントだけでわかるとは流石はカルマのことをよく知っているというべきか。
蛍はカルマの腕にぎゅっと抱きついた。
柔らかなふたつの膨らみが、カルマの腕に反発してむにょん、と動く。
しかし、カルマは嬉しそうな顔をしていなかった。それどころか、苦悶の表情を浮かべている。
どうやら、翔からはちょうど死角となって見ることは叶わないが蛍は思い切りカルマの手を抓っているようだ。
第三者から見れば幸せそうにくっついているようにしか見えないので、何とも巧妙だった。
「ま、待て、蛍。翔の惚気を聞くまではお慈悲を……」
「仕方ないなぁ〜。後でお買い物に付き合ってもらうからね」
「ご随意に」
ふっと蛍が破顔する。
これがカルマ達の仲直り(?)の方法らしい。
「仲良しですね」
「まったくだ」
小声で言ってくるので、同じく返す。
「翔達は夏休み中にどこ行ったんだ?」
「む、無人島」
「……はい?」
「だから、無人島」
「無人島です」
カルマと蛍の頭はクエスチョンマークでいっぱいだった。
桜花が翔に合わせて言ってくれたものの、効果はさほどないようで、ぽかんと口を開けていた。
「誰もいない島のことか?」
「あー、まぁそうだな」
「翔達がいるから無人島じゃないじゃん」
「そこ?!」
カルマは処理しきれずにショートしてしまったようだ。自分で作った頓智に勝手に嵌っているようだ。
蛍は少なからず処理能力がカルマよりもあったらしく「えっ……えっ?!」と若干怪しいが一応は通常のようだ。
「二人だけってこと?」
「そうですね。楽しかったです」
「ね、ね!何したの?」
「あ、あの」
桜花が蛍に問い詰められ、助けを求めるような表情で翔を見る。
その表情がとても可愛らしかったのでそのままにしておこうかと思ったが、さすがに自重した。
「何したか?それは沢山だよ」
「詳しく話してくれる?」
絶対に逃がさないという蛍の意志を感じる。
翔はのらりくらりと躱しきることは無理だと感じた。
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