第163話「二人BBQ」
「さぁ出来たぞ!」
「いただきます」
翔達は持ってきていたBBQセットを広げて、肉を焼いていた。勿論、野菜達も仕方なく焼かれている。
これはきっと桜花が食べる分だろう。何かと栄養に気を遣っていたし。だから、翔が食べることは無いはずなのだが、桜花が翔の皿に野菜も置いてくるので、表面上は笑顔でそれらを受け取った。
いつもの食事は桜花が作る、と言って聞かないので任せていたが、流石に今日のBBQに関しては翔がやりたくてしていることなので、幹事は譲らなかった。
このセットを船に積み込む時に船長がふっと笑っていたことを思い出した。きっとその時にはもう翔の意図など、海の様子を見るほどに簡単だったのだろう。
「美味しいです」
「それは良かった」
「翔くんも食べてください」
「この今焼いてるやつが充分に焼けたらいただくよ」
「……」
翔はトングを握ってちらちらと焼けているかどうかを確認する。ぴたりと会話をやめた桜花を気にする様子もなく、気にかけているのはお肉の焼き加減ばかり。
幹事だから、という理由が通じるのならば、きっと翔の行動は何の問題もなかったのだろう。沢山の人が会話をする中で一人黙々とその人達のために肉を焼く、野菜を焼く。
しかし、それは大人の宴席であり、大人数の場合。
ここには半分は大人であるがまだ成長中の男女二人しかいない。
翔はその真反対とも思える状況をもう少し鑑みるべきだった。
しかし、もう遅い。
「よし、いただきます」
「ダメです」
「……え?」
待ちに待って納得した肉を食べようと手を伸ばすと何故か止められた。
絶望に打ちひしがれた表情と何故、と理解し難い状況に頭を悩ませているような表情が混ざり、複雑なものになった。
「桜花……?」
「……」
桜花は全くその続きを話そうとせず、黙ったまま翔を見上げている。
もしや、この翔用に育てた肉達も食べたいのだろうか。そして、女の子としてそれを言い出すのは恥ずかしいから黙っているのだろうか。
一瞬そんな考えが浮かんだが、きっとそれは違うだろうと思い直す。
しかし、そうは言っても桜花の本音が分からない。
「どうした?」
翔は務めて優しく問いかける。桜花も自分の言葉がまるで翔に伝わっていないし、困惑させてしまっていると感じたのか、少し唇を震わせながら翔の瞳をじっととらえる。
桜花は翔が楽しみにしていた肉を取り、ん、と翔の口元に差し出した。
どうやら、食べろ、と言っているらしい。
「あ〜ん」
翔が口を開けて食べようとすると、そんな恥ずかしいエフェクトをつけてくる桜花に、翔はどうにも食べられず、むっとした表情で桜花を見る。
「どうぞ」
桜花は今度は何も言わなかった。
翔は自分で育てた肉をこうも心が不安定な状態で食べるようになるとは思ってもいなかった。
「美味しいですか?」
「……美味しい」
色々な意味で、美味しかった。
ただただ翔が自分で焼いた肉、と言うだけでなく、桜花が取ってくれた、桜花が食べさせてくれた、というのも入っている。
今更ではあるが間接キスでもあるし。
「翔くん?顔が赤いですよ」
「素なのかわざとなのか……判断がつかないな」
「さて、何のことでしょうか」
「むっ」
「はい、あ〜ん」
もう桜花に「あ〜ん」と言われると口を開けてしまう。最早、餌付けされている気分だ。
「結局……何でこうなったんだろ?」
「翔くんのせいです」
「なるほど……?」
翔は一応納得したような相槌を打ったが、その実は全く分かっていなかった。
ただ、桜花が自分のせいだと言うのだから、何か自分に非があったというのは確実なことだろう。
それを特定するのはとても難しいのだが、頭を捻っているとようやく一つの仮説に辿り着いた。
「……もしかして、構って欲しかったのか?」
「……」
ふいっとそっぽを向く桜花に、これは当たりだな、と見当をつける。
あぁなるほど。
桜花は翔と一緒に食べたかったのだろう。会話をして食べさせ合いもしたかったのではないだろうか。
そこまでいくと、もう翔の妄想の域に入ってしまうのだが、あながち間違いではないような気がする。
翔は肉を一枚、箸でつまみ、桜花の方へと持っていく。
「桜花」
「……何ですか」
「あ〜ん」
桜花がふっと翔の方へと振り向き、翔が見惚れる程の笑みを見せた。
翔は桜花がすぐ様食らいついたことについてくすくすと笑っていると、桜花は恥ずかしそうに俯いた。
「……翔くんのばか」
「もう一枚あげるから許して」
「食べさせてくれるなら許してあげます」
「あ〜ん」
「わざわざ言わないでください……」
「まぁまぁ」
翔は誤魔化して取り繕う気はなかった。
翔はもう一度、お肉を箸でつまみ、桜花の元へと持っていく。桜花に言われたので、お返しに「あ〜ん」とわざとらしく言ってやると、効果は覿面だったらしく、顔を染めて恥ずかしそうに餌付けされていた。
翔の心が暴れそうな程に美しかったので、翔は笑みを浮かべながらも理性でブレーキを効かすために必死になっていた。
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