第108話「ダブルデートの計画」


「何処に行く?」


 カルマは集まった面々にそう問いかけた。

 カルマが特にうきうきしている様子なのは彼が最もこの話を楽しみにしていたからだろう。


 そんなカルマの熱に当てられた翔達は、顔を見合わせて微笑み合った。


 学校で話していると、余計な輩が介入してくる恐れがあったため、放課後になると早々に学校を出て、近くのマクドナルドに入った。


 誰が話に入ろうとしたところで、桜花と蛍が人に向ける視線ではない視線を向けるだろうから、心配はいらないのだが、それに甘えて何もしないというのは彼氏として憚らられた。


 それに、そのような顔をあまり見せて欲しくはない。


「ベタなのは遊園地かな」

「……う、人混みが」


 蛍が王道のデートスポットを上げると、翔が思わず思ったことをそのまま吐き出してしまった。

 しかし、桜花も同感だったらしく、こくこくと頷いているので、蛍もカルマも何も言わなかった。


 翔としても、遊園地に行きたくない、という訳では無いので、そこは断りを入れておく。


「できれば、あまり人がいないような場所がいいかな」

「人混み嫌いだよな、翔は」

「でも他にある?」

「ユニバーサルスタジオジャパン」

「遊園地ですね」


 カルマがはっと思いついたように言うが、それは変わらず遊園地なので、桜花に即座に返されてしまった。


「鳥居がいっぱい並んでるやつは?」

「伏見稲荷大社ですか?」

「デートスポットっぽい!」

「京都ですけど……」

「「「あ……」」」


 そう。翔と桜花は親の承諾もあり、結構遠い場所に旅行に行かせて貰えたが、これはダブルデートであり、そこまで行ける範囲は広くない。


 京都であることをすっかり失念していた三人は揃って声を漏らした。


「近場で探そ」

「近場って言ってもな……。中華街ならあるぞ」

「食べ歩きってことか?」

「うーん、俺が考えているダブルデートは食べ歩きじゃないんだよなぁ」


 カルマが呟き、翔も、カルマは食べ歩きをしたいがためにダブルデートに誘った訳では無いだろうな、と思った。


 ここで、まるでタイミングを見計らったように頼んでいたものが運ばれてきた。普通は取りに行くのだが、出来たてのために持ってきてくれたらしい。


 ポテトやハンバーガーが並ぶ。といっても、夕飯前なので、ハンバーガーを食べるのは育ち盛りの男子二人だけだったが。


「支障をきたさない程度にしてくださいよ」

「一個だけだし、大丈夫だ」


 隣の桜花にちくりとお小言を貰い、かぶりついた。


「もう夫婦じゃん」

「何かハンバーガーが甘いんだけど……」

「ケチャップついてる」


 蛍がカルマの唇近くの頬に付着したケチャップを紙でふき取った。

 ありがと、と照れながら礼を言うカルマにこちらも照れ隠しのつもりなのかカルマを小突く蛍。


 目前に広げられるカップルの世界に対して、翔はすっと存在を限りなく消失に近い形で消していった。


「……」

「僕にはついてないぞ」

「何も言ってません」


 桜花は誤魔化したが、明らかに翔の口元を見ていたので、ケチャップが付いていないのかを確かめていたのだろう。

 翔はハンバーガーなどのかぶりつく食べ物のときでさえ、がっついて食べることはしないので、カルマのように、ケチャップがついてしまう、ということは比較的に少ない。


 ソフトクリームがいい例だろう。

 上からがぶり、といってしまう人は口の周りがべとべとになってしまうが、側面からくるくる回転させて舐めて食べていく人は口元は汚れない。


 この例を当てはめると、がぶりといってしまう人がカルマで、舐めて食べていく人が翔ということだ。


「結局のところ、場所はどうする?」

「……他に案も出なさそうだし、遊園地にするか」

「翔くんは人混み嫌いなのにいいの?」

「僕はまぁ。我慢すればいいけど、桜花は大丈夫か?」


 この場で聞く「大丈夫か?」に選択肢はなかったが、あったとしても桜花は同じ答えを返しただろう。


「私は……翔くんが居てくれれば」

「だってよ、翔」

「離しちゃダメだからね〜」


 ひゅう、と冷やかしてくる新カップルに若干の苛立ちを感じつつも、翔がいてくれれば大丈夫と言った桜花に胸打たれてしまう。


「僕がいないとダブルデートにならないだろ」

「そういうことじゃない」

「そっちじゃないのに……」


 カルマと蛍は明らかに不満そうな顔をしたが知ったことではない。翔にだってこれが正解だとは到底思っていない。


 カルマや蛍には本当のことを教えなくてもいいだろう。桜花にだけ、知られていればそれでいい。


「翔くん……」


 腰辺りのシャツを引っ張り、名前を呼んでくる桜花。腰辺りはカルマ達に気付かれないためだろうか。


 桜花も恐らくはカルマ達と同じように翔の言葉を正面から受止め、同じように感じていることだろう。


 翔は桜花が顔を近づけてきたところで、桜花にしか聞こえない声で囁いた。


「僕はいつもいるから安心しろ」

「……もうっ」


 完璧なカウンターとなってしまった桜花は翔が心配するほど、赤くなり目を回した。


「翔くんの……ばか」


 翔は決してやられるのが好き、というM気質の人間ではない。

 だが、桜花のその言葉はいい意味で深く心に刺さった。

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