第88話「蛍と翔」
「ちょっと付き合って」
放課後に蛍が珍しく翔に声を掛けた。
いつもはカルマを通して会話したり、そもそも会話がない日もあったりするのだが、今日に限ってはどうしてかお呼ばれした。
ちらりと桜花を見ると、特に気にした様子もなく後片付けをしていた。
蛍はもうカルマと付き合っているので、そういった心配はしていない、という解釈でいいのだろうか。
翔はふとそんなことを思ったが、深く考える間もなく、蛍が荷物を持って教室を出てしまったので、慌てて追いかけた。
「どこに付き合うの?」
「そろそろカルマくんの誕生日なの。だから、プレゼント探しを手伝って欲しくて」
「別にいいけど、僕だけじゃなくて桜花にも居てもらって方がよくないか?」
「それだと私が除け者になっちゃうもん」
真面目な顔をしておかしな事を言うのでつい笑ってしまう。翔は自分が入れない話題はそもそも入らないし、何なら話に行くことをあまりしない。
桜花がよく話しかけてくるので返しているが、基本は無口なのだ。
だから、蛍と桜花しか分からない話をされたところで疎外感を感じることは無い。そして、桜花も翔も蛍を除け者になどするはずがない。蛍は自覚がないだけで、中心に立つような性格の持ち主だ。
「そんなことはないけど……。何か目星はつけてあるの?」
「まだざっくりとしか決めてなくて……。これから絞っていくところ」
「そこで僕はカルマになった気持ちで、アドバイスをいえばいいってこと?」
「話が早くて助かるな。ありがとう」
えへへ、と困ったように頬を掻き、頭を下げる蛍に翔は大変いたたまれなくなった。
理由は語るまい。
「カルマにあげるものと言ってもまだ知り合って日が浅いし……。何より彼女として贈るものだからな……」
頼られたためにそれ相応には協力するつもりでいる。
しかし、まるで役立てそうにない。
まず、付き合っている人にあげるもので相応しいものが何か分からないし、カルマが好きなものがわからない。
翔なら、友達として、ネタとして「プロテイン」でも渡せば、ギャグを言って面白おかしくしてくれそうではあるが、蛍が贈りたいのはそういうのではないだろう。
「一番初めに思いつくのはアクセサリーだよなぁ」
「そうなの。私も同じこと思ってて……。でもアクセサリーって言うだけでも結構種類があって、ブレスレットとかネックレスとかで迷ってる」
「ペアのもの、とか?」
「あればそれにしたいな」
心の籠ったその言葉で、カルマの事を本当に好きなのだな、と思わされた。ここまで好かれるカルマは大概だな、と苦笑もあった。
「予算とかは?」
「高過ぎるのは無理だけど、たぶん大丈夫」
「凄いな」
「初めての誕生日プレゼントだから」
恋焦がれている少女はとても輝いて見えた。
翔達は学校を出て近くの百貨店へと向かった。交通のアクセスの良い、翔の通う学校の周りは色々と店が揃っていて、立ち寄る生徒も少なくない。
何も知らない人からすれば翔と蛍が付き合っているように見えているのだろうか。
ふと、そんなことを考え、翔は複雑な気分になった。蛍も桜花とは違う美しさを持っている。そのような人を彼女に間違えられるというのは悪い気はしないのだが、どこか違う、と否定したくなる。
やはり、自分は桜花の事が好きなのだろう。
「どうしたの?にやにやしちゃって」
「ん?何でもない」
「桜花ちゃんの事を考えてたでしょ」
「……早く選んでしまおう」
勝手に頬が動いてしまっていたらしい。翔は頬に手を当て、正常に戻ったのを確認したあと、蛍を見た。蛍は先程の翔のにやにやに負けず劣らず、にやにやしながら言うので、翔は否定するのも面倒で、この話を強引に切り上げた。
「相談があるなら乗るよ?」
「さてはカルマから聞いたな」
「多少はね。でも全部は知らないから今のところでは何も言えないけど……」
「カルマも彼女には口が軽いらしいな」
小声で言ったはずだが、しっかり聞こえていたようで、蛍はえへんと胸を張った。
「翔くんも何でも言える人を作ればいいの」
「桜花がいるな」
「なら、もう付き合っちゃえばいいのに」
「タイミングがない」
「えぇっ?!あんなにチャンスはあったのに?!」
「カルマにどこまで聞いたッ?!言った覚えのないことを知ってない?!」
カルマの全幅の信頼を置かれている蛍は憶測でしかないはずのことまで事実のように語る。まぁ、認めていないだけで完璧に事実の事柄なのだが。
「カルマくんが知ってる事と、その上で推察できることは全部教えて貰っちゃった」
「カルマめ……」
「私達で良ければ応援するからさ」
蛍やカルマの応援は不安でならなかった。
まだ何一つ品物を見ていないのにも関わらず、翔の心はすっかり衰弊してしまい、思わずため息が漏れた。
「僕自身どうしていいか分からないんだよね。……これとかどう?」
「パスケースね。ちょっと地味は気もするな……。どうしていいか分からないって?」
翔と蛍は品物を見定めながら会話をしていく。会話と言ってももうほとんど相談、に近い感じだった。
「いつもいるせいでこの関係が変わるのは怖い」
「一緒に暮らしているもんね」
「わざわざ恨めしく言わなくていいよ……」
蛍は羨ましそうだ。蛍もいつかはカルマと一緒に暮らしたいと思っているのだろうか。いや、疑問を持つまでも無くそうだろう。
これが好意であり、恋であり、愛であることを翔は知っている。
「今度お泊まりさせて」
「桜花にきいて。僕はその時はカプセルホテルにでも行ってくるけど」
「えー、翔くんも一緒でいいよ。カルマくんも呼ぶし」
残念ながら翔に女の子の楽園を黙って耐えて見続ける度量はない。カルマにはもしかするとあるかもしれないが、それでも翔はカルマもカプセルホテルへ連れて行こうと思った。
「その愛しのカルマにいいもの選ばないと」
「ハンカチとかもいいけど、やっぱりアクセサリーがいいな」
こうしてもう少し続いた。
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