第73話「お好みは猫耳ですか?」


「……なかなか、スリルのあるジェットコースターだったな」

「勝ち誇ったように言っても、顔が真っ青ですからね?」


 そういう桜花も顔面蒼白になっていた。

 理由は勿論、ジェットコースターに乗ったからだろう。


 二人とも得意ではないアトラクションに乗り、こうして気分を悪くしているのだから馬鹿と言われればそれまでなのだが、収穫もあった。


 特に桜花の横顔をちらりと盗み見たのは大きな収穫だった。それを言えば確実に怒るので、言わないでおく。嘘はつかずにやり過ごすには黙っておくのが一番だ。


「ちょっと休憩欲しい」

「少し歩きますか」


 このテーマパークはアトラクションだけが取り柄ではない。醸し出す雰囲気まで楽しんで貰えるように、と様々な工夫がなされている。


 ただ歩くだけでも充分に楽しめるのだ。


「翔くん」

「ん?」

「結局、苦手なのですね」

「うん、まぁ否定はしないかな。急下降する時に軽すぎて浮くんだよ」

「平均よりも細いですからね」


 翔は男子としては細い体付きをしている。体重もあまりない為、安全レバーをギリギリまで下げたとしても拳ふたつ分程の間隔があいてしまう。


 そのせいでまわりの人よりも倍の恐怖を味わっているのだ。


「食べて寝てるんだけどなぁ」

「成長期は仕方ありませんよ」


 桜花が最もなことを言った。食べて寝るだけで願いが叶うなら誰も苦しい事などしない。全員だらけでNEET国家になってしまう。


「桜花も細いよな」


 話の流れで、翔は桜花へと話を振った。桜花の身体は細い、と言うより華奢で折れそうだ、というのが翔の見解だったが、桜花から返ってきた返事はやや返答に困るものだった。


「これでも少し大きくなりました」

「……いやいや、まだ折れそうなくらい細いぞ」

「妥協を許しては行けません。翔くんは細い女の人と大きい女の人ならどちらと歩きたいですか?」


 女の人と歩く事自体が桜花以外にないぞ、と反射的に声を出してしまいそうになるが桜花が聞きたいのはそこではないと気づき、咄嗟に抑えた。


 大きい女の人とは一体何なのだろうか。プロレスラー?相撲取り?


 もしそうだとするならば、翔は自分の体格と近しい方の女性を選ぶだろう。


「どっちかと言われると細い人かな」

「だからですよ」

「え?どういう意味?」


 話の脈絡が無さすぎて会話に追いつけない。会話しているのは翔と桜花の二人だけのはずなのだが、どうしてこうなった?


 桜花は翔の問いには答えずにふらりとショップへと立ち寄った。どうやら少し気になったものがあったようだ。


「何か見つけたのか?」

「これです」


 桜花はそう言いながら、翔の頭に何かを取り付けた。翔が言葉を発するよりも早くに桜花はスマホを取りだし、パシャッと撮影し始めた。


「可愛いですよ」

「可愛い……??」


 翔が頭に付いていたそれを取り外し視界に入るところまで持ってくると、翔はぴたりと時間が止まったかのように固まった。


「猫……耳?」

「犬もありますけど翔くんは何となく猫耳が似合いそうでしたので」

「ふ〜ん」


 桜花から見ると翔は猫耳が似合うらしい。写真まで撮るほどなのだからその見立ては間違いではなかったようだ。


 ただそれで納得いくほど翔は心が太平洋ほど広くないので、何も言わずに桜花の頭につけてみた。


(ただのやり返し、と思ったけど……。これは写真ものだな)


 脳内で奇跡的相性、マリアージュ!と再生された。あの作中の主人公達ほど自我は崩壊していないが。


 何も言わずに黙々とシャッターを切る翔に痺れを切らした桜花は翔の持っていたスマホをひょい、と取り上げた。


「何枚撮るつもりですか」

「僕が満足するまで」

「恥ずかしいので嫌です」

「ん、分かった」


 翔はやけにあっさりと引いた。桜花は不思議に思いながらも取り上げた翔のスマホを返してやる。


「買ってくるから、それ」

「はい?」

「買ってしまえばずっとつけるだろ?それなら撮る必要は無いし」


 翔には至極単純な事だったのだが、桜花はそうでもなかったらしい。まだ誰のものでもない猫耳をぎゅっと握る。まだ商品。


「そうですか。か、翔くんも付けてくれるなら考えます」

「僕に似合いそうなのはわからん」


 どうせつけるのに変わりないのならば、似合うものをつけたいものだ。


「任せてください。……えっと、猫耳……は先ほど写真に撮りましたから、別のものにしましょう」


 意気揚々と独り言を喋りだした桜花にそっと苦笑し、翔は先程撮った写真の出来栄えを眺めた。

 中々にいい出来なので、後で梓にでも送っておこうと思った。そうすれば旅行先で悶えるに違いない。


「ネズミにしますか」

「そのコンセプトは果たして大丈夫なのだろうか」

「売られているので問題は無いでしょう」


 そこら辺のルールに対する日本人の姿勢は寛容だなぁ、としみじみ思う。翔も立派な日本人ではあるが。


「僕はネズミが似合うのか。桜花が猫なら食べられそうだな」

「食べてあげましょうか?」

「いえいえ、遠慮しておきます」


 妖艶に笑う桜花に翔は全力で首を振った。翔は不承不承ながらもネズミの耳と猫耳を購入し、二人は仲良くそれらを被った。

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