第72話「アトラクションの王道」


 翔達の他に手を繋いでいる男女は少なくない。しかし、すれ違う度に物珍しそうに二度見されたり、振り返って見つめられたりするのは、桜花が人目を引く容姿をしているから、というのも勿論あったが、その隣にいる翔との分不相応さが度を超えているからだろう。


 幸いにも人目をあまり気にしない性格の翔はだろうな、と思う程度でさほど気にはならなかったのだが、桜花はそうではないらしく、翔にこそっと耳打ちをしてきた。


「皆さんすれ違う度に私達を見ていませんか?」

「桜花は人目を気にするんだな」

「いつもは気にしませんが、いつもとはこう……見られる目の類が違う気がするのです」


 中々に的を射抜いており、翔は感心のあまり、ほぉ、と声が漏れた。

 流石、ずっと見られ続けてきたことはある。


「二人でいるのが不思議なんだろ」

「どうして不思議に思うのですか。初対面ですよ」

「いやいや、そういうことじゃないよ。僕と桜花じゃ、ルックスの差がありすぎてってこと」


 自分で言ってて悲しくなるが事実なので仕方が無い。


 今日の桜花の服装は白のワンピースにパステルカラーのカーディガンを羽織っていて、元の顔も相成って、清楚な可愛い美少女になっている。


 対して、翔はジーンズにシャツ、とお決まりの格好で、髪の手入れも怠っていてどこか野暮ったい。


 そんな不釣り合いな二人が手を繋いで歩いていれば、「つ、付き合って……ないの?うん?」と疑問に思ってしまうのも仕方がないことだろう。


「ルックスですか……。少し張り切りすぎてしまいましたか……」


 ワンピースの裾を持ち、ヒラヒラとさせる桜花。


 桜花が張り切った、というよりも、翔がしっかりとしていないのが悪かった。


「いや、良く似合ってると思うよ。可憐な感じで可愛い」


 そのフォロー、というのもあり、服装を褒めると、繋いでいない方の手でぺしっと二の腕を叩かれた。


「不意打ちで褒めないでください」

「褒めたぞ」

「それは事後報告です」


 ふいっとそっぽを向かれたので、ちょっとだけ強く握ってやるとぴくっと可愛く反応が返ってきた。


「ごめんごめん、見た時に言えればよかったんだけど、つい」

「翔くんはそういうところがダメです」

「どういうところだよ」

「元はいい顔立ちなのに野暮ったく見せているところですかね」


 桜花が翔の前髪をちょいちょいと弄って、翔の視界が開ける。翔は何となく落ち着かなくて犬のように首を回して髪の毛を元の状態に戻した。


 あぁ、と落胆のような声が聞こえたのは気の所為だろう。


「ジェットコースターにでも乗れば否が応でも前髪はあがるだろうけど」

「なら乗りますか?」


 そう桜花に提案されて翔は自分が今、テーマパークにいることを再認識した。

 このテーマパークでジェットコースターと言えば、一つしかない。しかし、それは結構な距離があり、得意ではない人からすれば「また今度にしよ」と永遠に来ない今度を盾に乗らないジェットコースターだと言っていい。


「えっ……乗るの?」

「乗らないのですか?」


 ここに来たのに乗らないの?と言われているのを自覚しながらもあまり気は進まない。翔が何か言葉を紡ごうと探していると、桜花が何やら合点がいったように頷いていた。


「な、何だよ」

「いえ、特に何も」

「何も無かったらそんな顔しない」


 茶目っ気たっぷりのその顔は言ってしまおうか、黙っておこうか、と嬉しそうに悩んでいた。


 やがて、言うことに決めたらしく、桜花は笑みが混ざった声色で、


「翔くんは小さい頃から絶叫系のアトラクションは嫌いでしたもんね」


 小さい頃から変わってない、と暗に言われているような気がして複雑な気持ちになった。


 男子としては小さい頃から変わってないというのは恥ずべき事だ。怖いもの、嫌いものは極力なくし、完全に近いものになろうとするのが男子だからだ。負けん気が強い、という性格はそれを象徴していると言っても過言ではない。


 それが……変わっていない。


 それはダメだ。強くなった自分を見せなければ。


「き、嫌いじゃないぞ」


 ただ怖いだけ。

 嘘は言ってない。


「なら乗りますか?」

「それはまた今度の機会にしようかな」

「やっぱり苦手なのですね?」

「の、乗るよ!乗れば分かる」

「安心してくださいね。私が隣に居ますから」

「そんな顔で安心してくれと言われても……。弄ぶ気満々では?」

「手も握っててあげますから」


 それなら……まぁ、いいかな。と、翔が折れたことは誰も知らない。


 翔達がジェットコースターの搭乗口へと向かうと、順番待ちらしく、長蛇の列が目の前に広がっていた。長蛇の列、といっても他のアトラクションと比べればまだ少ない方で予想待ち時間も30分と、我慢できない時間ではない。


 桜花と話していれば30分はすぐだ。

 一時間でも一日でもすぐだと感じるのだから、30分なんて、瞬間だ。


「遂に来ましたね」

「凄く帰りたい」

「ここまで並んだのですから乗りますよ」


 次には確実に乗れるだろう時になって翔は尻込みしたらしい。桜花にぐいぐいと押されて退路を絶たれた。


「翔くん」

「何?」


 聞き返そうと思った矢先にジェットコースターが帰ってきたらしく、搭乗させられる。そうなってしまえば翔は心の余裕を失い、あとは死にませんように、と祈るしかない。


「私も怖くなってきました」

「……」


 桜花がぼそっと呟いた言葉により、緊張が一気にほぐれた。


「どうして僕達はどっちもが怖いと思ってるアトラクションに乗ってんだろ?」

「でも、私は翔くんが隣に居てくれるので怖くないです」

「何だそりゃ」


 乗り込む時に離れた手をもう一度繋ぎ直し、2人を乗せたジェットコースターは発進した。

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