第41話「契約は履行される」
ゲームが開始されてからじりじりと差を切り離されてしまった翔はぎりっと奥歯を噛み締めた。
やり込んでいるゲームでは無いので、どこで悪くしたのかなどさっぱり分からなかったが、形成が悪くなっていることは隣で手を握っている桜花でさえ、簡単に分かるだろう。
オセロは一般的に角を取ると有利である、とされている。角はどちらともが二つずつ取り合っている。
「響谷くん……」
心配そうな面持ちで桜花が声を掛けるが、盤面に集中し、読みを入れている翔には届かない。
翔の頭の中にはどうしても「相手が酔っているから冷静になれば確実に有利」という先入観があった。
確かに修斗は会社でいいことがあったのか、梓と二人きりの旅行が近くて羽目を外しているのかは兎も角として今は酒を呑み、酔いが回っている頃合いだろう。
しかしゲームの腕は素面の時と比べ明らかに勢いがあった。
修斗は見かけと同じように手堅く勝利を手にしようとするタイプでオセロや囲碁などの陣地取りゲームはじりじりと追い込んでいくスタンスを取るのがいつもだ。
その修斗が酒の力を借りて、今日はダイナミックに考えている素振りすら見せずオセロをしている。そして侮れないのはそこにいくつかの罠を仕掛けていることだ。
オセロには「パス」が存在する。
そのパスを翔は幾度となく使ってしまっていた。修斗はまだ一回も使っていない。
「……パス」
「そろそろ置き所がなくなってきたようだね?」
「それでも投げるわけにはいかない」
修斗に、と言うよりは翔自身に向けた言葉だった。修斗は負け犬の遠吠えか、と勝利を見据えた微笑を浮かべる。
そして、上機嫌に酒を煽りながら翔の白い駒を黒へとひっくり返していく。
その後に胡座の中にちょこんと座っている梓を抱きしめる。
背後から抱きしめられる梓は母親の顔から瞬時に女の顔へと変わった。修斗と全力全身で甘えに行く。
「修斗さん」
「飲むかい?」
「じゃあ、ちょっとだけ」
実は貰う気満々だった梓がわざと修斗が口をつけた部分から酒を飲む。
梓は腰周りに回された手を抵抗することなく受け入れる。
そんな光景が図らずも盤面を見ていると映り込んでしまう翔は大きく思考の邪魔をされている気分になる。しかも、それが実の親であることが更に拍車をかけていた。
「はわわ……」
見せつけるが如くの修斗達の触れ合いを見て、桜花は顔を真っ赤にして明らかに動揺していた。顔を覆い隠そうと両手を顔に持ってこようとする。
「うわっ?!どうした双葉?」
「いや、何でもないです……。邪魔をしてごめんなさい」
繋がれた手も引っ張られ翔は思わず思考を途切れさせてしまう。
桜花の照れている顔を見て、充分に察した翔はその意味も込めて、気にするな、と返した。
その瞬間、翔にはある一点の光明を捉えた。
「双葉」
「は、はい」
「手、離すなよ」
手を離すとこのゲームに参加出来なくなってしまう。桜花は強く翔の手を握った。
「父さん……見せてやるよ」
「うん?」
「捌きを!」
修斗はゲームそっちのけで、今から梓と口付けを交わそうとしていたことに今更ながらに気づいた。
翔が「捌きの巨匠」のような文言と共にコマを盤上に置いた。
多少音が荒いのは仕方がない。
翔も思春期真っ只中の青少年である。
「修斗さん」
梓がこそこそと修斗へ耳打ちする。
最後に甘噛みしてたのはきっと気の所為。ただの幻覚だろう。このゲームが終わってから……なんて事はあるまい。
「ふはははは!!そんな所に置いたところでひっくり返せるのはたったの一つ!!」
急に悪役になったかと思うと手にコマを遊ばせてかっこよく決めポーズまでとり始めた。酒に酔うとは怖いものだ。
「これで勝ちだ」
「まだ!」
翔はノータイムでコマを置く。そして、あろう事か縦横斜め、全てがひっくり返っていく。
これには酔っていた修斗も驚愕の色を隠しきれない。
「ふんっ!!」
「もう一回だ!」
「……」
どれだけひっくり返しても、翔が次のターンでその倍ほどの量をひっくり返していく。
奇しくもここで、64マスの全てのマスが埋まった。
「ゲーム終了です」
「二人ともお疲れ様」
女性陣が健闘を讃え、男性陣は糸が切れたかのように大の字に寝転がった。
「ふぃー、疲れた」
「父さん……勝手に読んだな?」
「将棋のやつも読んだ。あの捌きは見事だ」
「まったく……」
修斗が寝転んだまま答えるので軽く苦笑する。勝手に読まれていたのはあまり気持ちのいいものではなかったが、こうして楽しめたので良かった気もした。
最初は「ノーゲーム・ノーライフ」で始まってゲームの後は「りゅうおうのおしごと!」になるのは謎だったが。
「響谷くん……。もう、ゲームは終わりましたよ」
「うん、疲れたぁ〜」
「お疲れ様です、よくがんばりました。……ではなくてですね、その……手を」
そこで翔は終わってからも繋いだままの手を慌てて離した。羞恥心が込み上げてきて頬が熱く感じるが、頭の使いすぎでも同じように体温が上がっていたので桜花には気付かれなかった。
「集計終わり!結果を発表します!!」
梓が通常の更に高いテンションで宣言した。酒にめっぽう弱い梓は日本酒を一杯足らずで出来上がってしまう。梓が飲んだのはビールなのでそこまででは無いだろうが、これでまだ普通だとは全く思えなかった。
「30対34で、修斗さんの勝ち!」
あと一歩、勝ちには届かなかった。
勝利に届かなかったことは何となく最後の着手で察していたが、改めて他人の口から告げられると心にくるものがあった。
「響谷くん……」
桜花の悲しそうな声色がより翔の心を突き刺した。
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