第40話「ゲームを始めよう」
「と言う訳なんだけど……」
「認めて欲しいってことかい?」
翔は帰ってきた修斗に相談をもちかけていた。桜花と二人で決めたのだが、どうしても未成年という壁が立ちはだかっている。
保護者の同意というものが必要だった。
修斗は久しぶりに早帰りをしていて、梓に頼んで酒を呑んでいた。
そこで、翔は今が好機であると考えてゴールデンウィークに1泊2日で遊びに行きたいことを話した。
「許してくれないか?」
「そうだねぇ……」
しばしの思案顔のあと、ちびりと酒を煽る修斗は程よく酔っているのか、頬が赤くなって気持ちよさそうにしていた。
翔は修斗が酒を呑むと、上機嫌になることを知っていた。梓と修斗ならば、決定権があるのはどちらかと言えば修斗にある。
その上機嫌に漬け込む、というと聞こえは悪いが、そこで認めてもらう気でいた。
「ダメでしょうか?」
娘同然の桜花も翔の助けに入った。
実の息子の翔から見ると、今の修斗は悩んでいると言うより心の底から楽しんでいるように見えた。
「修斗さん……何かよからぬことを考えているでしょう?」
長年の勘が働いたのか、梓が楽しそうに訊ねた。梓は素面だが元々の性格が良くいえば「ノリがいい」ので無粋なことは言わなかった。
「バレたか……。翔」
「ん?」
「ゲームをしよう」
「は?」
余りに突発過ぎて、素っ頓狂な声を出してしまう。
「ゲーム?」
「そう、ゲーム。しかし、私が言っているのは二人零和有限確定完全情報ゲームだ」
梓は余りに長い漢字続きの熟語に首を傾げた。桜花も知らないらしく、梓と同じように首を傾げた。
しかし、翔はそれが何であるか、何を指すものなのかを知っていた。二人零和有限確定完全情報ゲームは将棋やチェス、オセロなどのボードゲームを指す。
全くもって運の介入する余地のないゲーム。
実のところ、将棋は完全な二人零和有限確定完全情報ゲームには厳密には入らないのだがそれは予備知識だ。
そして、翔は修斗がどこでその知識を得たのかを悟った。
「父さん……まさか読んだ?」
「ゲームがなくても私は生きていける」
「微妙に違うし、直訳するなよ!」
上機嫌、というよりハイテンションに近しい修斗は握り拳を作って天井を見た。
「どのゲームかは選ばしてあげよう」
「二人零和有限確定完全情報ゲームっていう限定付きだけどな」
「挑まれた方が決定権を有するんだ」
「知ってるから!」
翔はドヤ顔で言ってくる修斗に投げやりで返した。読み漁っていたことに対しての怒りはなかったが、代わりにどうしてこうなった、と内心頭を抱えていた。
主人公達のセリフは確かに現実で一度は行ってみたいものばかりだ。
だが、実の親にされると率直に言って頭が痛い。
「ゲームをしたらどうなるんだ?」
「勝てば相手に何でも一つ、言うことを聞かせられる、というのはどうだ?」
「……分かった。乗った」
翔はさり気なく賭けに勝った時のことを訊ねた。これで、勝てば問答無用で旅行を認めてもらうことが出来る。
「それで?どのゲームで決める?」
「ん〜、ならオセロ」
翔がゲームを決めると梓が物置部屋から移動させたのであろう、大きなオセロ台を持ってきた。
全員がダイニングからリビングへと移動する。
「梓」
修斗が梓の手を引いた。梓は何の疑いもなくその手に引かれた。
そして、修斗は梓を自分の胡座の中に抱え込むようにして座らせた。
「し、修斗さん?」
「私達は二人で一人」
「ひ、卑怯だぞ!」
「卑怯だと思うならそちらもやればいい」
完璧に悪役のセリフとしか思えないが、空を演じようとしているのだな、と理解する。
しかし、理解したとはいえ、イラッとしたのも事実。
「双葉、やるぞ!」
「「二人では認めないぞ!」」
ノリのいい梓が便乗してまるで本当の空と白のように見える。
ぐぬぬ、と歯ぎしりをし、翔はばくばくとうるさい心臓を意志力でどうにか留めようとした。
「響谷くん」
「分かったよ!」
翔は桜花の手を握った。
これで二人は繋がったので二人ではなく修斗達のように一人だと言えるようになった。
「さて、ゲームを始めよう」
修斗がノリノリで言う。
気分は完璧に本の世界の主人公で、修斗から見ればさしずめ翔達は倒されるべき相手だろうか。
とはいえ、翔にだって押し通してしまいたい事情がある。ここで、認めさせなければ先程までの時間は勿論溝に捨てたのと同じことであるし、何より楽しみにしていた桜花のあの表情を失うことにもなる。
それ故に絶対に負けられない。
意気込んだところで修斗がとある紙を叩きつけた。あればなんだ?と疑問に持ったところで、
「「契約に誓って!!」」
梓と修斗が声を合わせて叫んだ。
翔は桜花と目を合わせる。繋がっている部分にはなるべく目を向けないようにした。
「僕達は二人で一人」
「勝ちましょう、響谷くん」
盟約と契約の違いに翔は気付くことなくゲーム開始の火蓋は切られた。
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