第2章「秒針と唇を噛む」

第36話「暴力沙汰には責任を」


「さて、事の顛末を詳しく聞こうか」

「もう充分に吐いたと思うのですが……」


 すっかり体調が良くなった翔はどうしてか担任教師に呼ばれ、カルマと一緒に説教を受けていた。

 先日の件である、須藤との一悶着について詳しいことが聞きたいようだ。


 須藤にも訊ねたそうだが、口を割らなかったそうだ。屈辱がまだありそうな状態に聞く方が無粋だが、教師や世間の体裁のみしか気にしない大人にはあまり関係の無いことかもしれなかった。


「これで何度目ですか〜。浅ちゃん先生」

「蒼羽業。口の利き方に気をつけなさい」


 翔も気持ち的にはカルマと全く同感だったが、カルマのように長引きそうなことをするつもりは毛頭なかった。


「とりあえず、キミ達の主張は「双葉桜花を守るため」ということでいいんだな?」


 高めの位置にポニーテールを巻いている浅宮はややキツめの表情で翔達を見上げる。彼女は椅子に座っているため棒立ちしている翔達を見上げる形になっていた。


「先生がその場にいれば静止ぐらいで収まったかもしれませんが……」

「確かに、須藤があまり素行の良い生徒ではないことは理解しているつもりだ。だが」

「えぇ、今回はただ運が悪かっただけですから」


 翔のタックルによって後頭部に案外大きなダメージを負った須藤はグルグルと頭に包帯を巻かれている。


 見た目は真実よりも信じやすいため、実際の怪我よりも酷いものに見えてしまうのは仕方の無いこと。


 カルマは浅宮の言葉を途中で遮り、妙にご丁寧な礼をひとつして、職員室を出た。何度も同じ話を聞かされるのは翔としても、うんざりだったので少し遅れて礼をしてカルマについて行くようにして職員室をでた。


「長かったなぁ」

「よく我慢したよ、僕等」

「両者共々、喧嘩はありませんって言ってるのに聞きやしない。どこかの高度育成高等学校を見習って欲しいものだ」

「まぁ、この学校は隔離されてないし、土地の内部に娯楽施設があるわけじゃない」

「先生だって似てるような気がしないか?」

「原作はもっと冷たいだろ」


 浅宮はあまりできる先生とは言えないが、それなりの経験と実績を持つ教師であり、あまり問題を大きくさせたくないと事前に火種を消しにかかる人物だ。


 翔の中学三年時の先生は喧嘩上等、大いにやれ、タイプの今どき珍しい先生だったので少々違和感が残っている。

 時間の問題ではあるが、カルマの言ったように茶柱先生だと思えば違和感は払拭されるかもしれない。


「カルマ、あの時の力はなんだ?」


 しばらく歩いて二人となった時、翔はあの時からの疑問を問いつけた。


「正義の力だ、と言ったら納得するか?」

「納得はしないが詮索はやめる」


 誤魔化すということは知られたくないということでもあるので翔はその時は聞かないようにしようと決めていた。


「友達、いや親友には隠し事なしだな」

「どの口が言ってるんだか……」

「俺は昔からどうしてか力だけは人よりあったんだよ」

「それは一体どういう……?」

「まぁ、その年齢に対して多少なりとも力が強いってだけだろうけど、だからこそ同級生では誰にも力比べで負けたことは無い」

「多少って何だっけ?」


 多少、力が同級生より強かったところで、それぐらいの力の差ならばその辺にすぐ見つかりそうなものだ。


「須藤も俺としてはそんなに強くないな、って感じだった」

「ガチのタイマンでもか?」

「勿論」


 何を当たり前のことを、とでも言うように即答するカルマに開いた口が塞がらない。


「僕が殴られ続けた意味とは……」


 自分で言ってはっと口を閉じる。

 これはカルマにも教えていないことだ。

 しかし、バッチリ聞かれた挙句、推測されたようで、


「ははぁん。なるほど」


 納得したように頷いていた。


「確かに俺に素直に相談してくれれば成敗して終わりだったかもな」

「相談したところで乗らなかっただろうが」

「たぶんな」


 カルマが笑う。

 そして、理由を話した。


「俺の問題じゃない。須藤と双葉さんと翔の問題だろ?できるだけ自力でやらなきゃな」

「結局は助けて貰ったけどな」

「風邪は予想外過ぎるぜ。まぁ、おかげで好感度は爆上がりだろうけどな」


 普通の状態よりも弱っていた状態でそれでも助けてもらう。それは通常よりもさらに強いきっかけを作り出してくれる、とカルマは言外に言っていた。


 しかし、好感度、や爆上がり、など突如として話についていけなくなった翔は呆けた顔で頭にクエスチョンマークを咲かせていた。


「はぁ……まだまだ遠そうだな」

「はぁ?何がだよ」

「彼女、に決まってるだろ?俺達ももう高校生だぞ!彼女のひとりやふたり……」

「二人はどうかと思うけど……」

「兎も角、俺にも青春がいるね!」

「何とかして頑張れ」

「おいおい、翔は欲しくないのかよ」


 カルマに言われて真っ先に思い浮かべたのが桜花だった。いけないと心で首を横に振り回すが、一向に消えてくれる気配がなかった。


「どうした、黙って」

「……逆に聞くが誰かあてはあるのか?」

「おう!目標はゴールデンウィーク直前までに告白して、ゴールデンウィークには遊びに行くことだ!」

「ふぅん」


 ゴールデンウィークと言えば桜花とどこかに遊びに行く約束をしていたことを思い出す。あの時は土日に決めようとしていたが、お互いが言い出せず流れてしまっている。


「ふぅんとは何だよ!興味なしか!」

「うん、全くと言っていいほど興味ない」


 このやろー、と軽く肩を叩かれたのでそれよりも少し強いぐらいで叩き返しておいた。最近知り合ったばかりなのだが、その仲の良さはそれこそ幼馴染なのではないか、と勘繰る程だった。


「興味なくても一応聞いてくれよ」

「適当な相槌でいいなら勝手にどうぞ」

「俺が狙うのは双葉さ……んではもちろんないからそんなに睨むな」

「睨んでない」

「それで睨んでないとか本当に睨む時は般若か何かか?鏡見ろ」


 確かに多少筋肉が強ばっている気がしないでもないが、睨むほどではないだろうに、と翔は努めて表情を柔らかくする。


「本命は綾瀬蛍ちゃんだよ」

「ふぅん」

「双葉さんに完全に埋もれてしまってるけどなかなかの美少女だと思うんだよ、個人的にな?」

「そうなのか」

「席が近くてよく話すんだが楽しくて仕方がない」

「良かったな」

「もっと話したいからちょっと勇気を出そうと思うんだ」

「ふーん」

「おーい」

「うーん」

「付き合いたいんだよ」

「う〜ん」

「生返事過ぎるだろ……。本当に相槌だけしかしないじゃん」


 翔が興味無いことを全力で演じているとカルマから泣き言が聞こえてくる。


「それでいいから話し始めたんだろ?」

「双葉さんの事しか反応しないやつめ」

「うるさい」


 からかわれるのもカルマの惹かれた部分を永遠に聞かされるのも面倒だったので、


「手伝ってやるから、それで我慢しろ」


 と、つい言ってしまった。

 すぐに喜びの顔になったカルマに嘘だと言うのも酷なので、後で桜花に助けてもらうことにした。

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