第23話「オリジナルケース」
翔が桜花を連れてきた先は珍しくもスマートフォンケース専用の店であった。
そんな店があるのか、と初めて来た時には翔も疑いの目が強かったが、修斗に勧められて今使っているスマートフォンのケースもここで購入したものだ。
「専門店があるなんて知りませんでした」
「僕も最近知ったばかりなんだけどここなら品揃え豊富だから気に入る一つや二つぐらいあるんじゃないかと思ってな」
「では早速」
言うが早いか、桜花は小走りでケースの近くへと向かい、色々と物色を始めた。
ケースに関しては個人の好みなため、ここまで連れて来てしまった後、翔のすることはなくなってしまった。
しかし、選んでいる姿はとても真剣で美しいと思えるほどだったので暇だとは思わなかった。
見ていて飽きない、とは人間に使う言葉ではないが、今の翔の心境を表現するにはこれが一番しっくり来た。
しかし、翔はこのままずっと傍観者でいる気はなかった。
桜花が決めたらそれをどうにか理由をつけて受け取り、そのまま会計してしまおうという魂胆だった。
彼女ではないとはいえ、同じ家で暮らす女の子。ここでケースの一つでも買えないようでは男が廃る。
そんな思いがあった。
そこも修斗からの強い血筋を受け継いでいたりするのだが、翔は修斗と梓の恋人時代を知らないのでまさか父親と同じような事をしているとは思ってもいなかった。
「響谷くん、このようなものはどうでしょうか」
「また随分とシンプルだな……」
桜花が見せてきたのは透明のカバーするだけという実用性しかないケースだった。
この店では一番安い物にあたり、あまり売れるようなものではなかった。
専門店というだけあって、実用性もファッション性も高レベルな位置にあるであろう商品が多いため、翔は遠回しに別のものを選んだ方が良い、と伝える。
「でも、せっかく悩んでピンクにしたのですから……あまり隠したくはありません」
「本体色を残したいならこういうのだろうな」
桜花の意見を尊重するのは大前提なため、翔はできるだけ希望に添えるようなケースを探す。
そしてそのうちの一つを例としてあげた。
これは至って例なので別に桜花に勧めているわけではなかった。
星が大きくプリントされたケース。
「これはあくまで例だから」
「なるほど……参考にさせていただきます」
初め、見せた時は「私は響谷くんは思っていないかもしれませんが一応女の子なんですよ?」と非難がましい視線を向けられたが、例だと何度か重ねて主張するとようやく納得してくれた。
桜花は品を色々と変えて、どれが合うのかを慎重に選んでいた。
そんな桜花をずっと見続けるのはいくら顔見知りとはいえよろしくないので、翔は視線を外すために店内をぐるっと見回した。
すると奥の方で「オリジナルケース作れます!!」と書いてあるのが見えた。
自分で作るのか……多少面倒かもしれないが好きな物を作れるため愛着も湧くだろうし、付けていて気持ちいいだろうな、と早々に評価を下す。
「響谷くん」
「見つかったか?」
「どれも微妙です」
「おぉ……。また遠慮の無い意見だな」
「この色と似合うものを探せば私の感性とは違うものになって、逆に私の感性を軸とすると色に合わなくなってしまうのです」
「いや、そんな自然現象みたく言われてもだな……」
そこでふと先程の「オリジナルケース」が思い出された。
「なら自分で作ってみるか?」
「はい?」
「感性に合わせて形を作って、本体色に合う色を塗ればいい」
「そのようなことが出来るのですか?」
「できる。ほらあそこ見てみろ」
翔は自分が見つけた看板を指し示した。桜花も見たようで「本当なんですね」と呟いた。
「作るか?」
「私一人で、ですか?」
「僕はもうあるし……って分かった。僕も作るよ」
全くの無自覚であろうが桜花の表情が捨てられた子猫のようなものだったため翔は抗うことなく一緒に作ることを決める。
「私は人と話すのが苦手なのです」
「知ってるが、その言い方はまるで僕が人ではないみたいに聞こえる」
「はい?」
「否定して!」
桜花が少し恥ずかしそうに言ったため、お調子をしてみたら翔の方が深いダメージを負った。
「お二人共ご参加ですか?」
「えぇ。ちなみに対応機種は……?」
「最新機種のみとなっております」
作る前から詰んだ。
店員は気にした様子もなく更に続けていく。全てを話し終えたあと、下書き絵を貰った。
ここで形を作るだという。
そして、店員から見て、細部が潰れてしまいそうなものだったり、出来栄えが悪くなりそうなものはこの時点で変えるようにしてもらうようだ。
「僕は一体何のためにケースを作るんだ」
「なら、私のために作ってください」
「へ?双葉は自分の分を作るんだろ?」
「えぇ。ですが、響谷くんがそこまで理由を欲しているのでしたら、と思いまして」
目も合わせず筆を動かしながら話す桜花に、翔はどうしてかそれでいい気がした。
「分かった。じゃあ双葉のために作る」
ずしゃあ!
と、盛大に桜花の書いていた下書きが見るも無惨な状態になってしまった。
「た、楽しみにしています」
桜花はほんのり頬を赤くしていた。
「条件はピンク色に合うもので、双葉の感性に響くもの。ということは……」
翔はぶつぶつと呟き、最高のものを作ってあげようと全神経を集中させる。どうせ作るなら、と吹っ切れたおかげかもしれない。
こうして、2人で仲良くオリジナルケースを作り始めた。
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