第24話「2つのケースは余ります」



「出来ました」

「同じく」


 ほとんど同時に声を発した。

 店員に渡し、しばらくの乾燥させる時間が必要との事だったのでその場から動くことなく少しの雑談が始まった。


「楽しかったです。色付けやレイアウトも全て自分で作りたいように作れました」

「ずばりテーマは?」

「出来上がってからのお楽しみです。響谷くんは?」

「双葉用に作ったからちゃんと出来ているか気が気でないけど、同じくできてからのお楽しみだ」


 本体が一台しかないはずなのに、ケースが2つになってしまうが、桜花はあまり気にしていないようだった。


 しかし、別の何かには気にしているようでそわそわと落ち着きがなくなっていた。


「お高いのでしょうか……」


 そわそわの原因は代金のようだった。

 翔は作る前にも決意していたことではあるが、桜花への小さなプレゼント的なものだと考えているため、全額払う気でいる。


 桜花が気にしても桜花のお財布は全く痛むことは無いのだが、それは翔が桜花に言ってないので仕方の無いことだった。


 この際だから言っておこう、と翔は決める。


「いくらでも大丈夫さ。これは僕からのプレゼント、ということで」

「いけません……。私は貰いすぎです」

「僕がしなくたって父さんが今日の内にしてくれるさ。なら僕だけしないのもなんか変だろ?」

「ですが……」


 桜花が続けようとしたところで店員が乾燥させた2人の作品を手に持ってやってきた。流石に店の人の前で代金の話をする訳には行かない、と思った桜花はすかさず口を閉じた。


「お二人共、とても素敵なケースですね」


 お世辞なのだろうが、添えられた笑顔が心の底から笑ってくれているような気がして嬉しくなった。


 翔が作ったスマートフォンケースは日本中に革命を起こした鬼斬りのマンガに出てくるある人物をモチーフにした蝶をデザインしたものだった。


 桜花と関連性は皆無である。

 が、無理にでも関係させようとすると儚い生き物である蝶は美しい。それが理由だった。


 一方の桜花の方は少しラメを入れてはいるがあまり華美ではないものだった。本体色といいバランスになるような気がする。


「ありがとうございます」


 桜花が嬉しそうに微笑んだ。

 店員は女性だったがすっかりあてられてしまったようでほんのりと頬を紅くさせた。


 翔も男だったなら嫌悪感を隠すことも無く表に出しただろうが、女性だったため、「同性でもそうなるのか」と新しい発見をした。


「ん、やる」

「本当にくださるのですか?」

「まぁ、持ってても使えないし……。というか、双葉のために作れって言ってなかったっけ?」

「冗談です。綺麗ですね」

「……上手く出来て良かったよ」


 言葉の割に瞳はキラキラと輝いていて、翔が作ったケースを渡すと気に入ったようにずっと魅入っていた。


 何となく恥ずかしくなって視線を外した。

 外した先で、店員と目が合ったので、脈打つ心臓を抑え、支払いを済ませておこうと財布を持って席を立った。


「3000円になります」

「え?4000円じゃ……?」

「おまけ、です。彼氏さん、頑張って下さいね」


 勘違いで1000円負けてもらった。

 因みに、翔が金額を知っていたのは、看板の下に小さく金額が載せられていたからだった。


「まだ彼氏じゃないです」


 それだけ言い返し、桜花の元へと戻った。

 そして余計につけてしまった「まだ」に悶え死にそうになった。


 急に「彼氏」という単語が飛び出てきて焦ってしまっただけなのだが、ちらちらと視界に映り込んでくる店員さんの視線が恥ずかしい。


「発熱でもしましたか、真っ赤になってますけど」

「何でもない。……って」


 翔が驚いたのも無理はなかった。

 なぜなら、桜花が翔の作ったケースの方を取り付けていたからだ。


「せっかく作っていただきましたし」

「でも、自分でもそのスマホに合うように作ったんだろ?」

「こちらの方が似合っていると思ったので」


 それに、と。


「作ってくれたのが嬉しかったのです」


 翔はもじもじしながら言ってくる桜花に雷に打たれたかのような衝撃を味わった。


「お、お気に召した様で何より」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 桜花が礼を言う。

 翔はまさかそこまで気に入られるとは思ってもいなかったので、驚きを隠せなかった。


 作ったはいいものの、プレゼントしたあとは少なくとも桜花自身の作品が壊れでもしない限り使われることはないと勝手に判断していたのだ。


 しかし、翔の中で思っていたこととは裏腹にこうして嬉しそうにケースを付けれくれているのを見ると見ているこちらまで嬉しくなるし、更にいえば、作った甲斐があったとさせ思えるほどになるのはとても不思議な感じだった。


「双葉の作ったケースはどうするんだ?」

「当分使わないでしょうね。蝶が可愛いです」


 即答され、しかも褒められてしまった。

 いつまでもここにいる訳には行かないのでそろそろ出よう、と伝える。


「映画観るんだろ?」

「えぇ。響谷くんを後悔させる映画です」

「変な言い方はやめてくれ……」


 映画館は少し歩くため、翔と桜花は再び横並びになる。


「席はどうしましょうか」

「持論だけど真ん中が見やすいと思う。人気があるなら難しいかもだけど」

「もし空いていなければ二人席にしましょう」

「どうしても真ん中で見たいんですね……」


 前席になると、首を上げて大画面を見なければならなくなるのでどうしても見終わった頃には首が痛くなる。かと言って後席にすると、音が散らばって迫力がイマイチ欠けている気がする。


 翔の勝手な思い込みではあるが、桜花も同じような考えの持ち主らしく真ん中を主張していた。左右はあまり気にしていないようだったが。


 二人席は左右にある座席のことを指しているのはわかっていたのだが、変な想像をしてしまったのは翔の心の奥底へとしまい込んでおいた。

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