第8話「帰宅しても2人」


 家に帰るとやはり母親は出かけていったようで、誰もいなかった。


「響谷くんの言った通りですね」

「良いんだか悪いんだか……」


 母親がいつ帰ってくるのかは流石の翔も分からない。そのため、桜花のことについて聞きたくても聞けない状況が少なくともしばらく続くのかと思うと少し落胆する。


 どうしてここに一人で来たのか。

 どうして翔には知らせなかったのか。


 その理由を知りたくてうずうずしていたのに上手くというか、変に操られているような気分だった。


「ま、取り敢えず上がってくれ。今日から我が家だ」

「お、お邪魔します」


 他人の家に上がる言葉を発しながら恐る恐るといった感じで靴を脱ぎ、家にあがる。


 緊張が抜けきれていないようでどうしたらいいのか分からずオロオロしていた。


「手洗いは真っ直ぐ行って左だ」

「行ってきます」


 翔は小走りで手洗いに行った桜花を見送ったあと、取り敢えず、教科書は自室に置いておくか、と思い立ち、2階へと上がる。


「中々にしんどい……」


 学校からここまでで結構な道のりだったが、電車に乗っている時は座席に置いていたし、上り坂はなかったため、階段を上るというつらさは初めてのものだった。


 1セットは自分の方へ。

 もう片方は今朝方まで物置部屋だった桜花の部屋へと置いておこうと、扉を開いた。


「おぉ……」


 声が漏れた。

 人が住む場所ではなかったところが、いつの間にか住めるようになっている。


 まずはそこに感心した。


 その後に見覚えがあるな……と気づく。

 翔の部屋との仕切りを取り払ったして考えると、レイアウトが色は違っているがシンメトリーとなっているのだ。


 少し遊び心を加えている母親にそして、一目見ただけでそれに気づいた翔自身に驚いた。


「足りないから買いに行ったパターンか」


 それでも部屋、というには少し足りないものがあった。

 具体的に言えばカーテン。


 その他、女の子として必要なものも買ってくるのだろう、と翔は予想した。


 予想するだけすると、隅の方に教科書を置いておき、自室へと入る。

 いつまでも制服だと落ち着かない。


 簡単にTシャツとジーンズを履き、制服はクローゼットに、掛けておく。


 そして流石に桜花も手洗いは終えただろう、と思い、翔は脱衣所兼洗面所の扉を開けた。


 すると目に飛び込んできたのは、真っ白で美しい肌が惜しげも無く晒されている姿だった。


「え?」


 声が漏れたのは果たして翔だったのか桜花だったのか。


 そんなことを確認する前に翔は何事も無かったかのように颯爽とそれも勢いよく扉を閉めた。


 訳も分からず鼓動が早くなる心臓に、手を置き、深呼吸をする。


「ノックぐらいすべきだったな……」


 いつもの癖で一人だけのように気遣うことなく行動してしまったことに深く反省する。


 いくら忘れようと思っても衝撃が強すぎて、逆に鮮明に思い出してしまいそうだったので早々に諦めた。


 とはいえ、このまま手を洗わない訳には行かないので、軽くノックする。


「はい」

「入室、よろしいか?」

「どうぞ」


 少し躊躇い気味に再び扉を開く。

 出来るだけ桜花を見ないようにして手早く手洗いを済ませる。


「響谷くん」

「何だ?」

「見ましたか?」


 いつもと変わらない口調のはずなのだが、トゲがあるような感じがする。

 何を言おうともダメであることは間違いないので、翔は正直に言うことに決める。


「一瞬だけな、チラッと」

「見たのですね?」

「事実だけをお求めならそうです」

「そうですか」


 恐る恐る桜花を見ると、恥じらいで顔を赤くさせながら、ジト目で翔を睨んでいた。


 どんな表情か分からない。


「どうして……その……脱いでたんだ?」

「ぬっ……!?」


 言い方が直球すぎるとは翔も理解しているが、他に思い当たるような言葉が見つからなかったのだ。


「ここは脱衣所ですから、不思議な事じゃありません」

「それを言われるとその通りなんだが……」

「はぁ……。私は今日来たばかりで服もまともに持っていません。ですが書置きと私服を用意していただいていたので着ようかなと思っていた所に……」

「すみませんでした」


 桜花に非はなく、翔が全会一致で悪だった。

 桜花は母親直筆のメモ紙とパステルカラーの可愛らしい服を証拠だ、とばかりに見せつける。


 そこで翔はふと疑問に思った。


「どうしてあそこから、私服を着なかった?」

「あの……それは……少し焦ってしまっていて」


 下着姿にまで制服を脱いでいたにも関わらず、桜花は翔が扉を閉めたあと、あろう事か制服を着直したのだ。


「手は洗ったしもう邪魔はしないからゆっくり着替えてくれ」

「そうさせていただきます」

「リビングで待ってる」

「約束がありますから勝手に1人で作って食べないでくださいね」

「読書でもしてる」


 約束を果たしてくれるのは今日でなくても良かったのだが、桜花は意固地であることを知ってしまっているので、これで本当に翔が適当に昼食を作って食べてしまったら怒られる、所ではすまないだろう。


 そんなことを思いながら翔は扉を開いた。

 翔が出ていく時に桜花は私服を胸に抱いた。


 翔はその桜花の行動を見て、確かにもう睨まれてはいなかったが、許されたとは到底思えなかった。

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