第9話「約束の昼食」
宣言通りにリビングで読書をしていると桜花が着替え終わったようで、脱衣所から出てきた。
「それは私が学校で読んでいた本ですか?」
「読んでいたかは兎も角としても、開いていたのは確かにこの本だ」
「気づいていましたか」
「話を盗み聞きする気満々だったろ」
そんな桜花の服はブルゾンにボーダーTシャツ、スカートとカジュアルな春物コーデに仕上がっていた。
「似合ってるな」
「そうですか。ありがとうございます」
翔は思ったことを何も躊躇することなく口に出した。そして、自分が何を口走ったかを思い出し、目を逸らす。
桜花は淡々と返した。
しかし、頬はうっすらと赤みがかかっていた。
「私の持ってきていた服ではないのです」
「あぁ、知ってる。たぶん、母さんが急いで買ってきたんだろ」
「そうですね」
そういうことでは無いのに……。
桜花はぼそっと翔に聞こえないように呟いた。
嬉しいがどうせ褒められるなら自分が考えて着る服を褒めてもらいたい、という桜花の感情は翔には届くことは無い。
だが、何となしに感じ取りはしたらしく、翔は何故かおかしな雰囲気に突入しそうになっているのを察し、別の話題へと切り替えた。
「あ〜っと。双葉、好きな食べ物はなんだ?」
何て酷い話の振り方だとは翔が一番よく思っているが、それでも聞いておかなければならないことだった。
「随分と唐突ですね。どうしてこの流れで好きな食べ物を訊くのですか?」
「話題転換ってやつだ」
「はぁ……。私の好きな食べ物は特にないです。基本的に何でも食べますよ」
「強いて言うなら?」
「ん……。フルーツは好きですよ。いちごとか」
「分かった。ありがとう」
翔は好きなフルーツを聞きたい訳ではなかった。
しかし、言葉選びが酷かったためか、上手く伝わらなかったようだ。
翔は夕飯で食べるような料理で好きな食べ物を聞きたかったのだ。
長年の勘で、桜花が来た今日にパーティをするだろうことは何となく察している翔は今現在、買い物をしているであろう母親にさり気なく好きな食べ物を教えることでよりいいパーティにしようと思ったのだ。
だが、その思いはいちごへと消えてしまったようだ。
聞けただけよしとしようと、思い直した翔は取り敢えず「いちごは買ってきてくれ」と母親にメールを送っておいた。
「響谷くん、麺類がいいですか?ご飯類がいいですか?」
「じゃあ麺類で」
「分かりました。ならパスタにしたいと思います」
桜花に気付いた様子はなく、バレても構わないことではあるが、何故かほっと息を着く。
桜花はぎこちない動きで調味料や調理器具を探す。
「手伝おうか?」
「結構です」
見兼ねた翔が問いかけるが、突っぱねられてしまった。
翔が手伝ったとしても料理などからっきしなので、あまり役には立たなかっただろうが。
桜花が調理を始めたため、手持ち無沙汰となった翔は誤魔化しで持っていた学校で桜花が読んでいた本をめくった。
読書は少なからず嗜む翔ではあるが、そのジャンルはライトノベルがほとんどで、外れてもミステリー作品が多かった。
桜花は読んでいたかはともかくとして、恋愛の本を嗜んでいるらしい。
タイトルはそのままの意味で受け取ると多少グロテスクだが。
取り敢えず膵臓ってどこにあるっけ?
とは考える翔だった。
それからしばらく翔は冒頭を読み進め、桜花は盛り付けまで終わらせたようで、「出来ました」と呼ばれる。
「クリームスパゲティ?」
「嫌いでしたか?」
「いや、好きだ」
翔は向かい側に自分の分を置いて座った桜花を見て、翔も腰を下ろす。
「どうぞ」
「いただきます」
クリームスパゲティを食べるのは久しぶりだった。
濃厚なクリームの甘みはスパゲティに抜群も相性で、過去に食べた思い出以上に美味しく感じられた。
「うまい」
「それは良かったです」
翔の言葉を聞いてようやく自分も口をつけた桜花も、「うん、美味しいです」とご満悦だった。
(奥さん持った気分だ)
翔は美味しそうに頬張る桜花を見ながらそんなことを思った。
作ってもらった料理を2人、向かい合って食べる。
実際に奥さんを貰ったことは無いが、想像ではまさにこれだった。
「何ですか?私の顔に何かついてますか?」
「目と鼻と口」
「眉毛もちゃんとあります」
「あとはクリームだな」
傍に置いてあるティッシュをとり、拭き取った。
「こういう日もあります」
明らかに照れ隠しではあったが、そこは指摘しなかった。
「皿は僕が洗う。食べ終えたら持ってきてくれ」
「いえ、私がやります。洗うまでが料理ですから」
翔は食べさせてもらったからこれぐらいはしないと、と。
桜花は家に帰るまでが遠足、と同じ原理で洗うまでが料理だ、と言い張り。
結局、先に食べ終えた翔が、桜花の制止を聞かずに先に自分の皿と料理に使ったフライパンなどを洗ってしまったため、桜花は諦めて翔に皿洗いをお願いするのだった。
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