第1章「幼馴染も進化する」
第2話「久しぶりは他人行儀」
「母さん?朝っぱらから何やってるんだ?」
翔は寝起き顔で母親に訊ねた。翔の隣の部屋は物置部屋だったはずだが、いつの間にか人が生活出来るほどに片付けられていた。
あの整頓が苦手なはずの母親の手際とは思えないほどだったので、翔は朝から拍子抜けだった。
「あ、おはよう。早速だけどこれら、捨ててきてくれない?」
「今何時?」
「7時半ぐらい。早く行かないと収集車が行っちゃうわ」
「頼むならもう少し早く言ってくれ」
小言を残して渡されたゴミを持つ。
うっ、とあまりに重すぎたため声が漏れた。
受験が終わって以降、いや、部活が禁止になった時からロクに運動もしていないので仕方ないといえばそうなのだが、流石にゴミ如きで苦労するのは格好が悪い。
今日に限ってそんな大掃除みたいなことをしなくてもいいじゃないか。入学式なんだぞ、今日は。
と、心の中で毒づきながらスリッパを履き、外へ出た。
服装はパジャマのままだが、仕方ない。
着替えている内にゴミを持っていかれてしまっては家にゴミが溜まってしまう。
ゴミ屋敷だけはゴメンだ。
潔癖症、とまで言う気は毛頭ないが、それなりに清潔感のある家に住みたいとは思っている。
幸いにもまだ来ていなかったようで、翔はやや投げつけるようにして決められた場所に置いた。
急に物置部屋を片付けようという気になったのは不思議で仕方がないが、若干の寝坊に今更ながらに気づき、少し慌てて家へと戻る。
初日から遅れては流石にダメだろう。
ラップがかけられた朝食を乱暴に引き剥がし、食パンに勢いよく噛み付く。
「どおひてふおのおきへやを?」
「え?食べてから言いなさい。何?」
ごくり、と喉を通す。
「どうして今になって物置部屋の掃除なんかしたんだよ?」
「それはね……うふふ」
勿体つける母親に聞かなければよかったと軽く後悔する。
「ま、そろそろ来るから分かるわ。あんた、それよりも来る前にちゃんと着替えておきなさいよ?」
軽く脅される。
誰が来るのか、翔とどんな関係があるのか、全く理解が追いつかないまま焦燥感だけが翔を襲ってくる。
「分かった。着替えるよ」
「あぁ、早く驚く顔が見たいわ」
「どういう意味だ」
母親は何も答えず洗濯物を取りに行ってしまった。
翔も着替えると言った手前、悠長に朝食を楽しんでいる場合ではない。
急いで食べ終え、自室へ駆け上がる。
「誰が来るってんだか……」
やはり気になってしょうがない。
母親が勿体つけるの時は大抵がロクなことにならないのは約16年で充分に理解している。
新調した制服に身を包み、中学生の時よりも一際、金が輝くボタンを附け、翔は居間へと降りた。
階段を降りきったその時、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
驚きはない。
既に母親が、来客があることを翔に言っていたからだ。問題はその来客が誰であり、朝っぱらから物置部屋なんて掃除してたのかの理由にどう結びつくのかということだ。
それを知ったところで翔はどうしようもないのだが、火の粉がかからないか心配なのだ。
「翔〜。ちょっと手が離せないの〜。出て〜」
「ういうい」
脱衣所から母親の声が聞こえてくる。
来客があるとわかっていながら上手く計画を立てられないのは母親らしいと言えばらしい。
翔はインターホンの通話ボタンを押す。
「はい。響谷です」
「双葉です。お世話になります」
双葉?お世話になります?
声からしか判断できないが、翔には文章さえも理解できなかった。
双葉は恐らく苗字であることは何となく予想がつく。しかし、お世話になりますとは一体どういうことか。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
双葉さん(?)に断りを入れ、脱衣所へ急ぐ。
今日は朝から忙しいな、と翔は思う。
「双葉さん?が来てるぞ?」
「えぇ、分かってるわ。早く入れてあげて」
「……後で説明してもらうからな」
はいはい、と適当な返事に辟易しながらも玄関のドアを開ける。
「……ッ!」
はっ、と息を飲んだ。
明るい茶髪にくっきりとした二重の目。凛とした感じの、はっきり言って美少女がいた。
……閉めてしまいたい。色々と不味い気がする。
初見、そう思った。
そんな翔の表情を変に読みとって迷惑していると勘違いしたのか、少し悲しそうにするのを見て、慌てて中へ招き入れた。
「あの……双葉桜花です。今日からお世話になります」
「あ、あぁ。こちらこそ」
こちらこそって何だよ、と心の中でツッコミを入れる。
「と、とりあえず、上がってくれ」
玄関で向き合ってようやく翔はこれから通うはずの高校の女子用制服を身につけているのに気づいた。
相手も気付いたようで少し驚いた顔をしていた。
「響谷……翔くん、ですか?」
「そうです。響谷翔です」
どこか、会話がおかしい。
口が勝手に喋っているような感じだ。
「あの……同じクラスになりましたよね?」
「あー……」
全く確認していなかった。
1年2組だということは確認していたが、知り合いがほとんど居ない最初のクラスでクラスメイトが誰かのチェックなどしていなかったのだ。
どうしよう。正直に言うべきだろうか。
「確認していないのも無理ないです。ごめんなさい、何だか浮かれているみたいで」
翔が迷っているとクラスメイトのことを気にかけていなかったことを察したのか、謝られた。
「謝らないでください。僕の落ち度ですから」
「翔ぅ〜?いつまで玄関で話してるの?」
これからどうしたものかと思っていると、母親が良いタイミングで助け舟を出してくれた。
「さぁ、説明してもらおうか」
「説明してもいいけど、時間は大丈夫なの?」
時計を見るとかなりやばい時間になっていた。
ぐぬぬ……。
「お久しぶりです」
母親に向かい、丁寧にお辞儀をする桜花に、母親はニコニコと笑みを浮かべる。
「そんなに固くならなくていいのよ〜。久しぶりねぇ〜。随分と大きくなってそして何よりとっても美人さんになったわね」
突如の弾丸トークに少し引いた。
桜花はニコニコと母親の話を聞いている。
とてもじゃないがここに割り込んで説明しろとはとてもではないが、言えなかった。
「学校行ってくる。帰ってきたら説明しろよ」
「桜花ちゃん、荷物は私が持って上がるから翔と一緒に行ってらっしゃい」
「すみません、ありがとうございます」
「一緒に?!行くの?」
「そ〜よ、その間に親睦を深めなさい?」
「この家からの道はまだ分からなくて……今日だけでいいのでお願いします」
桜花が頭を下げるのを見て慌てて顔を上げさせる。連れていくのが嫌な訳では無い。こんな美少女を隣に歩けたらどんなにいいかとは思う。
ただ驚いただけなのだ。
だが、それがどうしてか言えなかった。
代わりにぶっきらぼうな口調で、
「遅れる。少し急ぐぞ」
としか言えなかった。
だが桜花は翔の心の内が全てわかっているかのように笑顔ではい、と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます