幻覚記

滝野遊離

第1話

 白い壁をひたすら見つめてたら、水面に雫を垂らしたように揺れて穴が空いたので、飛び込んだらなんかいろいろ見えた。乱雑に生える箱とか視覚の認識外にあるというか目では見えないものを見る、なんというべきなのか、あれが混沌なのかな。

 やがて平衡感覚も消えてしまって揺蕩う塊と一緒になった。手足が腹が崩れていき、頭の核と胸の核とそれを繋ぐバイパスだけが知覚の中にあった。とりあえず現実判別にも使われる手を見ようと思ったが手も何も手がどれだかわからなくなっていた。現実ではないことはよくわかった。ふたつに分かれた私は私同士を繋げようとした。

 管の距離を短くして、混ぜようとしたが二つは似て非なるもので、くっつけても混ざらなかった。ただどこまでも伸ばして遠くに行くことはできたので、座標把握のため胸を置きっぱなしにして頭を旅させた。正直に言うと何があったのかわからなかったのだが、一つわかったのは視覚で見ていなくて聴覚で聞いていないこと。胸の方でも見えてるし。

 いつか小説で読んだ、目で聴くということを体験したのかもしれない。今までの混沌とした感覚はうねりと曲がり曲がった文様がものの形に重なっていたせいだったのかもしれない。皮膚の感覚は不思議となかった。風にも触れていない、熱くもない、もしかしたらぬるい水に浮いているのかもしれない。

 たくさんの混ざったものを吸った頭は別のものに変質していた。最初は模様のないただの氣を練った玉に似ていたが、工業油を纏ったような妙なてかりを見せていた。胸はあったはずの色を失い、柔軟性を失い、ゴム球から子供がマッキーで塗りつぶしたビー玉になった。

 なので胸を頭で包み込んでみた。すると頭は胸を溶かした。繋いでいたパイプも頭側になり、灰色の硬めの氣の玉になった。それから暫くその世界を観測していた。動く生き物に会って話しかけてみたら他のところから呼応が来たり、ものを取り込もうとしたら攻撃されたりした。

 その後出ようと思ったけれども出方がわからなかった。始まった座標の穴がわからないから戻るためのパスはわからない。生き物の助けを借りながらも適当なところに穴をこじ開けて出た。夢の世界だった。普通の、日常生活の、目で視界を得て耳で聴覚を得る世界だった。

 夢だと入った時点で自覚しているから安定性が高かった。いつもよりも遊びやすかった。シナリオに沿って飛んだり、本を書き換えたり。普段なら改変しすぎると覚醒しかけてぐるんと回るけれども、それも発生しなかった。特に楽しかったのは、モブキャラの性別を変えたこと。周囲にはストレートに受け入れられるのに、本人だけが異常に戸惑っているのが面白かった。

 そんなこんなで目が覚めてしまった。壁の前で仰向けになって寝ていた。床に直接寝たものだから体は痛かったものの、特に異常なく終えることができたので、急いで混沌についてのメモを取った。

 楽しかったよ。認識できたものも、できなかったものもあるから、同じ世界線にまた遊びに行きたい。

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