秋乃は立哉を笑わせたい 第1笑

如月 仁成

シールの日


 ~ 四月六日(月) シールの日 ~


 ※遏悪揚善あつあくようぜん

 悪いことには罰を、善いことには褒美を



 高校の入学式って言ったらさ。


 これからの三年間。

 どんな学園生活が待っているんだろうって。

 期待に胸を膨らませるのが普通だろ。


 でもな?


 朝の電車でも。

 式典の間も。

 教室に入ってからも。


 俺の頭ん中は。

 この、隣に座った女の事でいっぱいだっての。



 まるで芸能人みてえに整った鼻筋。

 柔らかい目元に長いまつげ。

 にこやかに上がったままの口角。

 そんな細面に似あう飴色の髪は腰まで伸びるストレート。 


 机に貼られた名札に書いてある『舞浜秋乃』って名前が。

 耳ん中で繰り返されてうるせえったらありゃしねえ。


 やかましいわ。

 あんましうるさく繰り返すと逆効果なんだぜ?


 前だって、『受験票持ったか?』って。

 さんざんおとんに言われたから逆に気にしなくなって。


 試験会場で鞄からテレビのリモコンが出て来た時は。

 青ざめる前に爆笑しちまったわ。



 なんで俺の写真貼ってあるの?



 ……まあ、そんな事件もあったけど。

 高校には難なく合格して。

 そして迎えた入学式。


 ちょっとは緊張もあった。

 初めての通学電車。


 そんな車内で。

 こいつを見かけたんだ。



 可愛らしいカバーの携帯に目を奪われて。

 気になっちまった女の子が。


 そのまま同じ駅で降りて。

 そのまま同じ通学路。

 同じ掲示板を同じ角度で見上げると。


 事もあろうに。

 体育館では隣同士ときたもんだ。



 そりゃ意識しねえ方がおかしいっての。



「……と、言う訳で、明日からしばらくはオリエンテーションを行うことになるわけだが、授業もすぐに始まることに留意して……」


 先生のどうでもいい話に。

 真剣に耳を傾ける舞浜は。


 大人びた手帳にペンを走らせて。

 予定用のシールを貼り付ける。


 シールかよ。

 大人なんだか子供なんだか。

 よく分かんねえヤツ。


 見た目は。

 同い年とは思えねえほど大人びてっけど。



 ……さて。



 そんな完璧な造形が。


 くっしゃくしゃに笑うと。

 どうなるんだろうな?



 俺が抱いた小さな願い。

 早速叶えてみようか。

 

 遏悪揚善あつあくようぜんを旨とする俺だが。

 笑いに関しちゃ容赦なし。


 作り笑いみてえな柔らかい笑顔。

 なんだか仮面みてえなその顔を。



 無様に笑わせてやるぜ!



「……おい、舞浜」


 小さな声に似あう力加減で。

 軽く肩を突いてやると。


 ビクッと体を強張らせて振り向いた舞浜が。

 その栗色の瞳に映すものといえば。



 俺の右の頬に貼った。

 『左』

 って書いてあるシール。



 凜々花りりかが三十分笑い転げた自信作。

 舞浜は、凛々しい微笑をくしゃくしゃにして。

 吹き出して笑い転げる…………、と思っていたんだが。


 こいつ、急にわたわた慌て始めて。

 手を、目を。

 あっちゃこっちゃに転がすと。


 真新しいカバンから。

 パンを取り出して。


「……なんでコロネ?」


 その袋から何かを剥がして。

 右のほっぺたに貼りつける。


 そんな、少し困り顔の美人さんが。

 すくめた首を、俺の方へくるっと回すと。



 『30%引き』



 何をだよ!


「うはははははははははははは!!!」


 ちょっと待て!

 いや、お見切り品とか!

 どうして入学式にパン持ってくるとか!


 なんだこいつ?

 どんなセンスしてんだよ!


「や、やべえ! ちょうおもしれ……、うはははははははははははは!!!」

「…………保坂」


 うおっ!?

 まずい、先生の話の最中だった!


「は、はい! 只今ご紹介に預かりました、私、保坂立哉に何か不都合がありましたでしょうか?」

「…………立ってろ」

「立っ……!? はあ!?」

「何度も言わすな。廊下に立ってろ」



 信じがたいことに。

 俺は入学初日に。


 廊下に立たされることになったんだ。


「……廊下って。立ってろって。こんなの聞いたことねえっての」


 くそう、先生め。

 いや、舞浜め。


 明日こそ絶対、その綺麗な顔が。

 めちゃくちゃによじれるほど笑わせてやる。

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