暗翳の火床(アンエイのカショウ)

蒸奇都市倶楽部

序章

 午前零時。

 新しい一日を告げる鐘が遠くから聞こえてくる。

 この年最後の朔日ついたちを迎える鐘の音だ。

「《時計塔》は今日もまだ順調なのか」

 はるか上空から、かすかに響く音を聞きわけながら男がつぶやく。

 腰に手を当てて、がらんとした広大な広間の隅でふんぞり返っている。


 そこは奇妙な広間だった。

 一階分をまるまる吹き抜けとして供しているかのように、巨大な穴が天井から床までくり抜かれている。そうして見てみると、男が立っているのは広間の隅というよりも、わずかなふちといったほうが実態に適っている。

「天を仰いで何を得る! 偉大なる先人が遺した至宝かね? 我らを律するはく耀ようかね?」

 芝居がかった口調の割に声音はびちゃびちゃとしており、それを「朗々」と評するのはお世辞がすぎよう。

「その足元から狂いが生じているとも露知らぬ愚かな《時計塔》よ」

 男の周囲で何名かの人影が立ち働いていた。

 しかし誰も彼の言葉には耳を傾けていない。黙々と身体を動かす人影たちは、何かを担ぎ上げては、広間を地から天へ貫く巨大な穴に向かって放り投げている。

 その動作から一拍ほど遅れて、ごう! と音がして《時計塔》の鐘の音をかき消す。続けて獣が咆哮するかのような地鳴りがする。

「お前が帝都の象徴だと? 守護者だと? ましてや支配者? ばかばかしい!」

 一刀両断、男が吐き捨てる。

「貴様にかしずく蒙昧な輩のなんと多いことよ。いまこそ我が〈地下炉〉をもって、貴様への絶対的な信頼を打ち壊してやろう。人々は貴様に不審をいだくのだ。ひいては帝都の科学信奉も揺らぎ、三大碩学せきがくの威信も地に堕ちる。それこそが帝都崩壊の兆しとなるのだ」

 男に呼応するかのように穴の底の方が仄明るく輝き、轟! 轟! と響く。そのたび恍惚とした男の顔が照り返しを受ける。

 穴の奥深くでは真っ赤な炎がめらめらと渦巻いていた。

 まるで男の内で燃える妄執のように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る