第79話:時の人

 奥多摩コロニー化による生物災害……初期対応で周囲の安全をほぼ確保できたため、後続の自衛隊や駆除業者がスムーズに作業できたこともあり、大きな騒動もなく終結した。


 死者数ゼロ、負傷者も片手で数えるくらい、完璧な結果と言えるだろう。


『今ここ、奥多摩湖は大変な状況となっております。かつての自然がまるで見る影もなく―――』


 テレビのニュースではあたかも奥多摩湖の自然が消滅したかのように報道しているが、実際あんなのごく一部である。

 普通に今でも山も湖もダムもある、人はまだいないけど。


『観光地として賑わっていた場所も、今ではこんなにも寂れた風景に……』


 いや、あそこは元々そんな賑やかな観光名所というか、むしろ落ち着いた場所だった気がする。


「そう考えれば、あそこはコロニー化しても別によかったってことか?」

「あの、荒野さん……住民の皆さんは困っていましたよ」


 あぁ、それは確かに困るわ。

 あれで困らなかったら逆にこっちが反応に困る。


 天月さんと鳴神くんと一緒に空港のロビーでテレビを見ながらそんなことを話していると、无题と鈴々姉妹が戻ってきた。


「いや~、三人にはえろう世話になりましたなぁ。中国に来る機会がありましたら、今度はこっちが案内させてもらいますわ」


 无题と鈴々姉妹の手には日本でのお土産が握られている。

 奥多摩での騒動が落ち着いた後に欲しいものがあるということで、買い物に付き合ったのである。


 まぁ无题は色々と通訳の仕事だったり、テレビのインタビューにも出ていたので最終日にちょっとだけではあるが。


 そうそう、コード・イエローラビットについては今回の生物災害を解決した立役者ということで大々的に報道された。

 最初からあちらが手を回していたのか、それとも政治的な駆け引きがあったのか、知りたくないので聞いてない。


 久我さん、隙あらば重要な情報をさりげなく会話に混ぜて語ってくるから怖い。


「それにしても、土産がそれで本当にいいの……?」


 无题は漫画ばっかり……まぁ中国じゃ販売されてないのもあるんだろうけど。

 だが鈴々姉妹はシャボン玉セットだ、安上がりにもほどがある。


「ええねん、ええねん。あの二人はあれが好きで、ようやく自分の金で買うたことができたんやからな」


 なんか複雑な家庭事情でもあるんだろうか。

 俺なんか去年さっぱり全部無くなったからちょっと共感できそうもない。


「それに、ワイは見たい漫画やアニメを全部見るには時間がいくらあっても足りんからな。あぁ~、無駄遣いされた時間二十年くらい戻ってこぉへんかな」


 コイツ、自分の分を買ったら鈴々姉妹を天月さんと鳴神くんに預けて、さっさと漫画喫茶に行ってひたすら漫画読んでたからな。

 女子と一緒に出かけたことがない俺でもアウトだと判断できるやつだ。

 だというのに、鈴々姉妹は无题に懐いているように見える。

 あと天月さんと鳴神くんにも。

 俺には目も合わせてくれない。


 あれか、顔か? やっぱ世の中顔なのか?

 チクショウ! 男なら中身で勝負しやがれ!

 ……中身でも負けてたわ。


「ほんじゃ、見送りはここまででええで。お世話様~!」


 鈴々姉妹は軽く会釈をし、无题は最後まで胡散臭い笑顔を崩さないまま行ってしまった。

 ちなみに他のメンバーとは一切会話していない、何をしていたかも知らない。


 パワードスーツを着てた天魁って人がコード・イエローラビットのトップみたいだけど、顔すら見れなかったな。

 もしかして、ヘルメットを取ると実は美少女だったり……。

 ないな、普通に男の身体つきだったし毛深かったし。


「さて……帰ろっか!」

「ええ、それはいいんですけど……荒野さん、本気であのビルに帰るつもりですか?」


 心配する鳴神くんと天月さんと別れてパルチザンビルに戻ると、入口はマスコミっぽい人達が待ち受けていた。

 なので、借りた外来異種専門の清掃業者の制服を着て裏口から入る。


 二階に入ると電話の音があっちこっちで鳴っている。

 色々な人が応対しており、てんやわんや状態だ。


「あっ、よくここまで来れたね!? 入口でマスコミにからまれなかった!?」

「岩倉さんに頼んで制服借りて変装したんで。というか、表の人らは俺の顔知らないでしょ」


 奥多摩のコロニー化は完璧な結果で終わりを迎えた。

 しかし他の人がそう思うかは別だった。


『フィフス・ブルームとコード・イエローラビットの対応は完璧でした。だからこそ、この事態を招いた可能性があるボランティア団体には残念でなりません』


 そう、つまり初動の対応に失敗したからコロニー化なんて起きたのではないかという話が出てきたのだ。


 まぁここに所属している人の名簿は裏も含めてガッチリ保存してるので、自衛隊員がいるってことはバレない。

 雅典女学園の生徒達については公表されている情報ではあるものの、あそこは権力者のお子さんばかりなので怖くて手を出せないだろう。


 その結果、全ての目と手が"外来異種瀬戸際対応の会"のトップである自分に迫ってきたのであった。

 おかげでどう責任を取るつもりなのかと、これからどうするつもりなのかと人が押しかけてきたり……。


 幸い、"外来異種瀬戸際対応の会"のトップとして自分の名前は掲載されているものの、顔については一切情報が出ていないので普通に出歩けている。


 普通ならば交友関係者や地元の人間からリーク情報があるものだが、残念ながら富山生物大災害によって俺の顔と名前を一致できる人はいなくなっていた。

 映画とかに出てくる戸籍抹消されたエージェントってこんな気分なんだろうか。


 とはいえ、このままここで暮らしていたらマスコミに目をつけられるので、しばらくは別の場所で寝泊りしなければならない。

 だからここで荷物をまとめたらさっさと出て行くつもりである。


「荒野さん、直近で必要になりそうなものをまとめました。私が表出口から出て行きますので、その間に裏口から逃げてください」

「ありがとう、近衛さん。なんか本当にドラマじみてきたなぁ」

「それなら黒幕を倒してこないといけませんね」

「テレビ局に爆弾仕掛けて責任者を片っ端から爆殺したら解決しないかな」

「自分がラスボスになってどうするんですか」


 やられたらやり返さないとね、ハンムラビ法典にもそう書かれて……書かれてなかったら書き足しておこう。


「まったく……別に捕まっても死んだりはしないけど、死ぬほど面倒なことになるよ。だから気をつけてね」

「うっす、ブンさんも電話対応頑張ってください」

「電話だけじゃなくて区役所の会議にも呼ばれてるんだけどねぇ~……」


 公務員は大変だなぁ。

 一方、自分は無職なのでなんだってできる。

 いっそこれを期に北海道あたりに旅行でも行こうかな。


 ……そういえば不破さんの実家があるんだっけ、鉢合わせしたらマスコミに捕まるよりも面倒なことになりそうだから止めとこう。


 ああ、そういえば行かなきゃいけないところがあるんだった。

 先ずはそこに顔を出すことにしよう。


 そして俺は近衛さんが囮になってる間に裏口から逃げ、約束された地に向かった。


「おぉ! 荒野さん、有名人になりましたね!……で、使用感はどうでしたか?」

「よくもあんなものを!!」


 上野にある国立外来異種研究所に来た俺は、今までずっと心の奥に留めておいたものを御手洗さん達にぶちまけた。


 あんな危険物を! よくも!!

 使用レポートは書いてやるからお前らも反省文書け!!

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