第78話:解決! 奥多摩生物災害!

 奥多摩湖までの道をビクビクしながら進むが、特に襲撃されることなくスムーズに向かえている。


「あの、荒野さん? どうしてそんなに距離をあけているんですか?」

「いや、ほら……いきなり土の砲弾飛んで来たら怖いし」

「ここはまだ大丈夫ですよ。遠くの外来異種は判別まではできませんけど、いるかどうかは分かりますから」


 そういえば天月さんは新世代で外来異種の察知能力があるんだっけ。

 なら一キロ先のスナイパーに狙われるとかじゃなきゃ平気だな!


「へぇ、ウチは鈴黒も周囲の警戒させてますけど、天月はんはそんなことできるんすか」

「鈴黒さんが、ですか……?」

「ええ、あの子の手に糸みたいのがありますやろ? それを辿って上見てみると分かりますよ」


 无题が上空を指出すのでつられてそこを見てみると、鳥の輪郭だけが空を旋回しているように見えた。


「あれ、中国で捕まえた"小三足烏"(シアォサンズーウー)言いましてな。必ず太陽の光を背にする習性をもっとるやつで、あれにおかしなところがないか見させてるんですわ」


 へぇ~日本だと外来異種はさっさと駆除したり解体されて素材にされてるけど、中国だと生きたまま使うこともあるのか。

 ……待った、空港の検査をパスできたのかアレ?


「………あ、右側の斜面奥にいます。注意してください」


 天月さんが発言した瞬間に俺はその場から飛びのいて距離をとった。

 いつもの直感がなかったとはいえ、あれがなければ大丈夫だなんて保証はどこにもないからね。

 それを見ていた无题は爆笑し、天月さんや他の人は困惑しているようだった。


「いやぁ、あんさんの反応速度は凄いなぁ! 戦場の兵士顔負けやで!」

「残念ながら本場の人達は気付いたらもう撃ってるから負けてるんだよなぁ」

「顔で?」

「顔も」


 なんか言ってて悲しくなってきた。

 せめて何なら勝てるだろうか。

 ……体重?

 いや、イーサンの筋肉とか考えるとありとあらゆるもので負けてる気がする。


「えっと、目標は五十メートルほど先ですしまだ気付かれてないですよ」

「了解っす。そんで、どうしますか?」


 鳴神くん呼んで突撃させればいいんじゃないかな。

 もしくは軽井さんの狙撃銃でドカンと一発。

 火力過剰だよ、あの二人。


「そういうことなら、ウチらに任せといてください!」


 天魁はそう言って胸を叩き、他のメンバーのところに向かった。

 しばらく何か話した後、俯く鈴黒ちゃんへと咎めるような視線が集まった。

 しかし鈴銀ちゃんがその支えるように側に立ち、天魁が庇うように前に立ちながら何かを喋ると他の三人は諦めたような顔をした。

 まぁ一人はパワードスーツ着てるから顔見えないんだけど。


「よし、ほないきまっせ!」


 无题の掛け声を合図に、岩肌の悟空が先頭で走る。

 次いでパワードスーツの天魁、そして最後に両腰の大きなポシェットを開いた金吒が目標に向かう。


 目標の外来異種はやはり"脛齧"と"大口頚"のタッグであり、洗礼といわんばかりの砲弾が悟空に直撃する。

 あ、あれはグロ画像に……と思ったのだが、なんと体勢を崩しただけですぐにまた走り出した。


 その行く手を阻むように二匹の"鉄面樹"が立ち塞がる。

 悟空がタックルするも"鉄面樹"には傷一つつかなかった。


 そこで二番目にやってきた天魁が腕を大きく振りかぶり、左にいた"鉄面樹"へとトンファーを叩き込む。

 そんなものでどうにかなる相手なのかと思ったが、なんと"鉄面樹"はそのままへし折れてしまった。

 返す手でもう一匹の"鉄面樹"も打ち倒し、"大口頚"への道ができた。


 その隙を逃がさないとばかりに金吒がポシェットから何かを取り出して両手を合わせると大きく鋭いガラス片が手に握られていた。

 金吒は軽く振りかぶって刃のようなガラス片を投擲すると、もの凄い速度で飛んでいき、"大口頚"の足を全て切断してしまった。


 こうなると"大口頚"はもう口の砲弾を誰かに撃つこともできず、駆けつけた天魁によるトンファーの打ち下ろしで絶命した。


「―――とまぁ、こんな感じってな! どや、凄いやろ?」

「おぉ、確かに凄い。……ところで、キミとあの双子は何するの?」

「ワイ、通訳。あの二人はお色気担当や」


 なるほど、なるほど……?


「そうなるとキミ、中国じゃ役立たずなんじゃ」


 お色気は万国共通で必須事項かもしれないけど、中国で中国人が通訳を使うことなんて無いだろうし。

 だが自分の指摘に无题は笑って答える。


「ハハハハ、痛いとこつくなぁ! だからワイはまだ无题って言われてるんやろうなぁ」

「へぁ? どういうこと? 无题って名前じゃないの?」

「おぉ、そうやった。ウチらの自己紹介で言うたあれは通名っちゅうか、コードネームみたいなもんや。だからワイもあいつらの本名は知らんで」

「なんでまたそんなことを……」

「そこはほれ、イメージ戦略ってやつや。本名よりも分かりやすい名前の方が覚えやすいし、印象もええ。あれや、漫画でよくあるヒーロー名みたいなもんや」


 そう言われると確かにその通りだと頷ける。

 というか本名で活動してたら色々と支障もあるか。

 身バレして記者が突撃してきたり、嫌がらせしてくる人とかもいるだろうし。


「……あれ、それじゃあ全員の名前に意味があるの?」

「せやで、悟空は言わんでも分かるやろ? 別名、斉天大聖(せいてんたいせい)。西遊記の主人公のお猿や」


 それは知ってる。

 というか国民的漫画のおかげで知らない人の方がいないだろう。


「ほんで金吒も同じく西遊記に出とるで。釈迦如来様のお弟子さんや」


 ごめん、それは知らない。

 というか西遊記自体そんなに知らない。

 三蔵法師が天竺にいってありがたいお経を手に入れるとかそれくらいの知識しかない。


「ほんで天魁は西遊記やのうて水滸伝やな。梁山泊の総頭領、宋江の前世の星や」

「あ、知ってる。ドジっ子ヒロインだよね!」

「……ヒロインとはちゃうなぁ。兄さん、それもしかして女体化されとらんか?」

「えっ、元は男なの!?」


 それは知りたくなかった……。

 でも今は女の子だからいいか。

 いやまぁ張本人はとっくに死んでるというか、そもそも創作上の人物なのだが。

 ……じゃあ女の子ってことにしても問題ないな!


「ほんで、鈴黒と鈴銀は……普通の偽名や」

「偽名に普通もクソもないと思うんだけど」

「まぁ色々あってな。有名どころの名前を使うわけにもいかへんから、識別しやすいような名前になっとるんや」


 ぶっちゃけほぼ同じような名前な気がする。

 顔もほぼ同じで髪型くらいしか見分ける方法がないし。


「……で、无题ってどういう意味?」

「あ~………無題って意味や。ワイの取り得といえば、針の穴に糸を百発百中で入れられるくらいしかないからなぁ」


 それはそれで凄いのではなかろうか。

 いやまぁ外来異種の駆除には一切役に立たないんだけど。


「荒野さん、実は崖下の川にも何かいるようでして」


 天月さんが遠慮しがちに自分の肩を叩くので、ちょっと下の方を覗いてみる。

 昨日の濁流に飲まれた哀れな外来異種でもいるのかと思っていたが、そこには自分が投げ捨てたジュラルミンケースが木に引っ掛かっていた。


「俺の荷物っすね。あの中にいる新種が天月さんレーダーに引っ掛かったんじゃないかと」

「なんで新種が荒野さんの荷物の中に……?」


 なんでだろうね、世の中不思議なことでいっぱいだね。

 まぁ自分の周囲にはメルヘンな要素が一つもないんだけど。


 そんなことを考えながらどう回収しようかと考えていると、横から无题が顔を覗かせてきた。


「なんや、あれを取ってきたいんか? それなら鈴銀に頼もか」

「え……めっちゃ下にあるんだけど、どうやって?」


 中国雑技団よろしく、凄い軽業で下まで降りるのだろうか。


「まぁまぁ、それは見てからのお楽しみっちゅうやつや。おーい、鈴銀!」


 そう言って无题が荷物から細いロープを取り出し、中国語で鈴銀ちゃんに指示を出す。

 鈴銀ちゃんはロープを受け取ると、それを崖の下まで垂らした。


 もしやここからロープを伝って下に行くのかと思いきや、ロープの先がちょうどジュラルミンケースの肩掛け紐のところに入り込む。

 そして、なんとロープの先端がこちらまで戻ってきたではないか。


「えっ、マジで!? あれどうやってんの!?」

「ハハッ、中国四千年の技術っちゅうやつや」


 いやいや、あれは技術がどうとかいう問題ではない。

 明らかに既存の物理法則を無視しているようにしか見えなかった。

 

 そんなこちらの動揺など意にも介さず、鈴銀ちゃんはこちらまでロープを手繰り寄せてきたのでそれを掴む。

 ロープはわずかに湿っていたものの、しっかりと下にあるジュラルミンケースの肩掛け紐に通されており、その重みが感じ取れた。


 それからゆっくりとロープを巻き取っていき、無事にジュラルミンケースを回収できた。


「それで兄さん、そん中に新種がいる言うとったけど、どんなんか見せてもろてええか?」

「まだ死にたくないから駄目!」


 この中に封印できたのも運が良かっただけだ。

 ここで開けたら大惨事待ったなしである。


 いや、中国のコード・イエローラビットであれば難なく処理できてしまうかもしれない。

 ジュラルミンケース回収後、そのまま奥多摩湖までの道で、彼らは外来異種の脅威をほとんど駆除してしまった。


 もちろん俺とフィフス・ブルームの人達は何もしていない。

 あくまで外来異種の察知を天月さんが行い、残りの駆除はあちらが全部やってくれた。


 なるほど、確かに中国で一番と言われるのも頷ける実力である。


「荒野先輩、よく無事でしたね!

「それは俺が死んでいた方が都合がよかったとかそういう意味?」

「いや、普通にあの濁流に流されたら死ぬって思いますよ」


 そして無事に奥多摩湖近くの道路に出ると、勲くんが出迎えてくれた。

 どうやら他の外来異種が来ないかの見張りを買って出ていたらしい。


「……で、不破さんの様子はどう?」

「酒飲んで寝てます」


 うん、心配して損した。

 そもそも爪の垢程度しか心配してなかったけど。


 さて、これで当初の目的は達成できたわけだ。

 鳴神くんも少し遅れて合流し、これからどうするかを相談する。


「取り敢えず奥多摩湖の南側と北側に別れて駆除を行おうと思います。牧さんはそのままコード・イエローラビットの人達と一緒に北側を。オレは軽井さん達と一緒に南側に向かいます」

「よし、じゃあ俺は帰るから! あとは頼んだ!」


 これにてお仕事完了、お疲れ様!

 ……と思っていたのだが、鳴神くんが俺の手を掴んで離さない。


「荒野さんは引き続き牧さんと一緒にお願いします」

「ふざけんなよ! 俺は今、仕事道具をほとんど持てないんだぞ! 素手で戦えってのか!?」


 そう、いつも仕事道具を入れているジュラルミンケースが封印の箱になっているので、簡単な道具しか携帯できないのだ。

 というかこれ、仕事道具を持ち歩きながら帰ったら絶対に警察のお世話になるぞ。


「安心してください。素手でもオレが一緒に行くよりも頼りになります」

「あぁ、囮かマスコットキャラとして?」


 フィフス・ブルームのマスコットキャラに起用されるのもやぶさかではないのだが、自分なんかを使うくらいなら天月さんや軽井さん辺りをお色気キャラとして表に出した方がいい気がする。

 ほら、中国のコード・イエローラビットもやってるんだし。


 ―――とかなんかやっていると、軽井さんが銃のマガジンを装填してこちらを見てくる。

 あれか、行かなきゃ撃つぞって脅しか。


「安心してください、私は人を撃ったりしません。その心を撃ちます」

「その銃、物理属性だと思うんだけど」


 どう考えても人の心というか精神をどうこうするような代物には見えない。

 いや、撃たれる恐怖は与えられるけどもさ。


「そもそも人とは何を以って人を定義するのでしょうか。顔? 年齢? いいえ、私はそれまで積み重ねてきた経験……記憶だと思います。つまり人の本質は脳にあるということです」

「なるほど……なるほど?」

「つまり、心臓なら撃ってもセーフということです」


 そう言って軽井さんがコッキングを行う。

 これで初弾が装填されたことになる。


「分かりました! 行きまぁす!」

「まだ安全装置は外してませんよ?」

「だから先に降伏したんです」


 外れてからじゃ遅いからね、早目に諦めるのも長生きするコツである。

 それから、嫌々ながらも先ほどと同じチーム分けで駆除をすることになった。


 ちなみに奥多摩湖付近で避難していた人達は後からくる救助班を待つためにまだ待機。

 不破さんは寝てるので放置、起こしたらなんか殴られそうだし。


 そして勲くんは勉強のためにフィフス・ブルームの一課の人達と一緒に行動することになった。

 まぁ自分と一緒に何度か駆除はしてるけど、日本一の連携を見るのもいい経験になると判断したからだ。


 そして十分後にその考えを後悔することになる。


「なぁ、兄さん……」

「なに?」

「あんたんとこのイケメンさん、バケモンやな」


 北側で駆除をしているのに、そこまで音が届くくらいの轟音が南側から聞こえてくる。

 いったい何があったのかと目を凝らして見てみると、鳴神くんが先頭に立ち外来異種をバッサバッサと切り殺していた。


 もちろん暴れれば暴れるほど"脛齧"の感知範囲に引っ掛かり"大口頚"の砲弾が飛んでいくのだが、その全てを回避したり防いだりしている。

 こっちの悟空ですら体勢を崩したというのに、鳴神くんはそれすらない。

 もうキミ一人だけでいいんじゃないかな。


 そして"大口頚"が砲弾を撃つほど、その居場所が明らかになる。

 それを後方に控えていた人員が銃を使って駆除する。

 あっちだけ乱痴気騒ぎならぬ乱射騒ぎだ。


 そんなこんなで、奥多摩湖コロニー化による生物災害は、一人の天災と大量の硝煙……それと誤差の人員によって解決したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る