第28話:光の潰えた地において

 枯渇霊亀が万魔巣を食ったものの、そいつはまだ霊園の近くに居座っていた。

 生中継をしようと放送局がヘリを飛ばしたものの、電波が届かなくて断念する事となった。

 恐らくだが、個体そのものがコロニー化しているのだろう。

 そのせいで周囲の外来異種がそこに向かって集結しているのだが、枯渇霊亀は自分にまとわりつく外来異種を敵だと判断して食べている。

 おかげで県内の外来異種はほとんどいなくなり、外の安全が確保されたのは皮肉な結果である。

 ただ、奴が集まってくる外来異種の全てを食い尽くした後がどうなるのか、それが不安だった。


 霊亀というものは、元々中国の神話に登場した怪物らしい。

 甲羅の上には蓬莱山(ほうらいざん)という桃源郷があり、そこには不老不死の仙人が住んでいるとかなんとか…。

 それに比べて甲種の枯渇霊亀は比較的に大人しいものの、食べることばかり考えており、背中には桃源郷どころかよく分からない植物があるだけ。

 つまり甲種の枯渇霊亀の"枯渇"というのは、既に桃源郷が滅び、飢えた亀だけが取り残されたという皮肉だと思っていたのだが、事実はそうでなかったようだ。

 今は背中の桃源郷が滅んだどころか、割れた甲羅からは大きな口や目、それどころか触手や羽のようなものまで生えていた。

 近づく外来異種を食い、それを取り込み、変化していく動くコロニーは、外来異種にとって桃源郷のように見えるのだろう。

 つまり…完成してしまったのだ。

 枯渇霊亀という不完全な生物ではなく、本物の霊亀として…現代に甦った怪物として。


 あの怪物をどうするかについては今でもニュースで話題になっている。

 手を出すべきか、追い出すべきか、他国の協力を仰ぐべきか…色々な意見が出ているが、何も決まっていない。

 いや、少しだけ事態は進展していた。

 霊亀が足止めされている間に、とにかく多くの避難民を県外に移動するよう政府が働きかけることになったのだ。

 おかげで皆が電車や飛行機、車で逃げようとするのでまたもや大混雑が発生している。

 何度目だよこれ。


 そして俺は今、病院に来ている。

 負傷者や病人はとっくに搬送されているが、それでもまだ中に誰かいないかを確認する作業だ。


「荒野さん、こっちは大丈夫でした!」

「それじゃあ次の階に行こうか」


 ちなみに未来ちゃんの他にも天月さんや軽井さんなどのフィフス・ブルームの人達がセットで来ている。

 本当なら学生を連れ出すのはよろしくないのだが、本人の熱意と天月さんの探知能力を信じて、念の為に俺が援護するという条件で一緒にいる。

 擬似ハーレムというよりも、何がなんでも百合と百合の間に挟まって殺されろという意思を感じるのは俺の気のせいだろうか。

 本来ならば鳴神くんにも一緒にきてほしかったのだが、他の仕事があるということで断られてしまった。

 おかげで会話がまったく続かない、というか死ぬほど気まずい!

 なんてったって、あの枯渇霊亀を完成させてしまったのは俺のせいだ。

 二人も俺に色々と言いたいことがあるだろうに、未来ちゃんがいるせいで何も言えないというジレンマを感じてることだろう。


 病院の中を捜索していると、手術室に辿り着いた。

 そこはまるでつい先日まで使っていたのか、いくつかの道具やカルテがそのままになっていた。

 こんな状況で手術とか危険極まりないと思ったが、そんなことはお医者さん側も先刻承知だろう。

 今やらなきゃ死ぬのなら、どんなに危険でもやるしかないのだ。


 そういえば人類の悪意の歴史もそうだが、医療も同じくらいに歴史に重みがあるな。

 人類は最初に病に冒された時は何もできなかった。

 それが文明が進むごとに薬で抑え、治して、場合によっては切り刻んで、そして摘出し、今では代わりとなる臓器を入れ替えるというところまできている。

 こればっかりはどんなに外来異種が進化しようとも、真似できない事だろう。

 ……ふむ、そういったアプローチは有りかもしれないな。

 なんだろう、勝てるはずがないと分かっているのに、今でもどうやれば殺せるかを考えてしまっている。

 アレを生み出してしまった責任…いや、自分がそこまで殊勝な人間だったらそもそもあんなことしてないな。

 死にたくないと思ってるなら最初からこんな場所にいないし、他に大事なものがあればそっちを優先している。

 まぁ、何も無いからあんな事をやらかして、今も何とかしようと考えているんだろう。

 なんともまぁ、ままならない生き方だろうか。

 ブンさんに言われた生き方ヘタクソかって言葉が過去からブーメランになってもう一度刺しにきた気持ちだ。

 だってしょーがねーじゃん!

 こんな生き方しか知らないし、生きられねーんだもん!!

 俺がもっとモテてたりイケメンだったり恵まれてたらこんな生き方してねぇよバーカ、バーカ!!


 ふぅ……心の中で罵倒したおかげでちょっと落ち着いた。

 本当なら口に出して駄々っ子のように暴れまわりたいのだが、絶対に"あ…こいつ、とうとうイカレたな"って思われるから我慢している。

 ―――いや、別に間違ってないからやってもいいのか……?

 そんなワゴンで100パーセントオフで叩き売られてそうな葛藤を抱えつつ、病院の探索を終えた。


 駅に戻る最中、少し気になったので未来ちゃんに質問してみる事にした。


「空港に行って東京に帰った方がいいと思うんだけど、まだ駅にいるの?」

「皆と一緒に県外に脱出しようとすると、人数のせいでちょっと難しくて…」


 あぁ、それもそうか…生徒の人数が人数だから、それだけの座席を確保するのは厳しいか。


「いざとなったら、観光バスを使えばいいかと。その時は我々フィフス・ブルームも同行しますよ」

「ほんとですか!? 頼りにさせてもらいますね!」


 軽井さんとかの新世代の人が護衛するなら安全だろう。

 まぁ外来異種がほとんどいないから必要ないかもしれないけど。


「荒野さんも一緒に避難しますか?」

「あー…俺は混んでるのが苦手だし、最後の方でいいかな」


 それを聞き、軽井さんが驚いた声をあげる。


「女学生と行動を共にできるのに、一緒に来ないんですか!?」

「行きまぁす!!」


 いかん、思わず魂からの雄叫びが漏れたせいで周囲のフィフス・ブルームの人達からヤバイ奴を見るような目で見られた。


「やっぱり捕まりそうなので行きません!!」

「捕まるようなことをするんですね…未来さん、気をつけてください」


 そこ! 純粋無垢な未来お嬢様に変なこと教え込まないでくれザマス!

 捕まるどころか八つ裂きにされてもまだ足りないような事は考えてるけど、実際に行動はしないよ!

 ただ、何故か未来ちゃんはそんなこと気にしないような顔をこちらに向けてきた。


「じゃあやっぱり、荒野さんは甲種を何とかする為に残るんですね!」


 なんだろう、これは遠まわしな死刑宣告でいいんだろうか。

 アレをなんとかするまで帰ってくるな的なやつ。


「え~っと、未来さん…ちょっとそれは無茶振りだと思うんだけど……」


 流石にこれ以上の死体蹴りは良心が咎めたのか、軽井さんがストップをかけてくれる。

 けれども、未来ちゃんはそんなことお構いなしかのような笑顔をしている。


「大丈夫です。荒野さんならきっとなんとかできるって、あたしも一緒に信じてますから!」


 その信じてるっていうのは生還じゃなくてトドメ的なやつでしょうか。

 いやまぁなんとかしたいよ?

 したいけど…無理だったら普通に逃げるからね?

 自分のやらかしを償う為に命を捧げられるほど、崇高な意思なんて持ってないからね俺?


 そんなこんなで、未来ちゃんからの期待という剛速球な重荷を受け止めつつ駅に戻る。

 駅ではTVの前に人だかりができており、何かの中継を食い入るように見ていた。

 今の状況で何を見ているのかと気になって覗いてみると、そこにはたった一人で神話の怪物に挑む鳴神くんが…英雄の姿があった。


 多くの外来異種に囲まれながらも飛び回り、そして掻い潜ってひたすらに巨躯の怪物を切り刻む。

 甲羅の隙間から捕食しようと伸びる魔の手から逃れ、それを打ち払うその姿はまさしく希望の光だった。

 足元には何本もの折れた刀が落ちていたが、それでも尚折れぬ刀として戦い続ける彼の姿を見て、誰もが思った。

 "あの怪物を倒してくれ"と。

 甲羅の隙間から出ていた異形の触手はすでになくなり、全てを薙ぎ払う尾はすでに半分しか残っていない。

 誰もが彼の勝利を確信していた。

 だが、神話の怪物はまさしく人の手に負えない災害であるということを思い知る。

 霊亀は天を仰ぐようにその口を空へ向け、そして強力な消化液を周囲に向けて無差別に撒き散らした。

 その消化液はまるで雨のように降り注ぎ、撮影していたカメラマンの悲鳴によって、その恐ろしさが伝えられ、映像はそこで途切れてしまった。

 そして再びニュースキャスターが先ほどまでの映像を解説する場面に変わる。

 つまり、あれは録画されたものであり、いま鳴神くんがどうしているかは……。


 駅の入口から慌しい音が聞こえた。

 もしやと思い二階からその場を覗きに行くと、鳴神くんが担架で運ばれているのが見えた。

 上半身にいくつもの火傷のような痕があり、その姿はあまりにも痛々しいものであった。


「これ以上ここで処置をするのは難しいです。いま来ている便でスグに移送しましょう」


 どうやら鳴神くんはここでリタイアらしい。

 まぁあの化物を相手にあそこまで善戦して生きて戻れたのならば、万々歳といったところだろう。

 そして、俺はまだあれをなんとかするつもりなのかと自問自答する。

 ぶっちゃけもう逃げてもいいと思うんだ、どうしようもないってアレ。

 

 ふと、鳴神くんと目が合ったような気がした。

 担架で寝ている鳴神くんがスマホを操作し、こちらのスマホにメールが届く。


『すいません、半分までしか出来ませんでした。あとはお願いします』


 マジかよ…あんにゃろう、自分はやるだけやっておいて、あとはこっちに丸投げしおった!

 ふざけんなよ、それは俺がやる役だろ!?

 素人ながらも色々と頭を捻って作戦を考えてやってみて、やっぱり駄目でしたってなって、そして逃げる俺の役目だろう!


「はぁ~~~……」


 それを、あいつは………満足そうな顔してこっち見やがって!

 なんて卑怯な奴だ、イケメンはこうやって女の子を食べ物にしてたに違いない。


 ただ…それでも託された、託されてしまったのだ。

 たった一人で、勝てるかも分からない戦いに挑んで、あそこまでボロボロになり、それでも駄目だったと…自分にできるのはここまでだと託されてしまった。

 彼は自分が果たせる分の責任を果たした、ならばこんな事態を引き起こした俺も責任を果たさなければならない。

 少なくとも、なんとかする手段があるのならそれを試さずに逃げることだけは許されない。

 それは見知らぬ誰かではなく、自分でもよく分からない"自分自身"から。


「ああ~~……世の中、ほんっと………クソだなぁ~~~ッ!!」


 思わず、そう叫ばずにはいられなかった。

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