チン毛と映画秘宝
鳩尾
Pube
何故か無性にムズムズする。
リュウが隣りを確認すると、ケンはリクライニングチェアで気持ち良さそうに目を瞑っていた。
ひとっ風呂浴びて、軽い着心地の館内着に着替えてコーヒー牛乳を飲んだ後の、この、休憩所。ここは天国だ。極楽浄土でニルヴァーナ。よくわからないけど、きっとマントラ。
このムズムズがなかったら俺もさぞ気持ち良く寝れただろう。ほんと、ムカつく。
「お前まだそのボクサー履いてんの!」
「お前とだから履いてきた。お前は?」
リュウは急いでベルトを取り外し、履き慣らしたデニムを下げる。
「じゃじゃーん!俺も!」
リュウは安心した。大学生活後半に差し掛かり、マッチングアプリを知り、
お前はいったい何枚のパンツを持っているのだろう。そのパンツを女に脱がされた事はあるのだろうか。それは、俺と遊ぶ時だけの勝負下着なのだろうか。俺にはコレが、未だに女とそうなるだろう日の勝負下着だ。
そんな事を考えると、自分の足元でくたびれているGUのジーパンと、カットして調節するのが面倒臭いと言って無理矢理 穴を開けたベルトが、どうにも情けなかった。
お前のベルトは、確かにイケてる。そのバックルは、これ見よがしのアルマーニなどではない。俺の知らない…きっとちゃんとしたブランドなんだ。
重いスライドドアを開けて浴場に出れば、二人はヒノキの香りに包まれる。
ケンがかけ湯をすると、湯はくっきりと浮かぶ胸板の間を通り、6個か8個の形が薄っすらと浮かぶ腹筋を通る。そして毛のないチンポコを伝って落ちたいった。
「いや、パチンコかよ!」
「は?」
「いや、なんでもない。」
「意外と人いんだな。」
リュウは一本一本、オッサン達のチンポコを確認しながら、ケンの隣りに座った。
身体を流す。
頭を洗う。
だめだ!いてもたってもいられない!
「お前、チン毛剃ってんの?」
「あー、うん。」
「何で?」横目を向けてみれば、リンス・イン・シャンプーが目に入って沁みる。
「巻き込み防止。」
「…」
「お前、ズルムケじゃん。」
「コンドーム。」
「あ、」なるほど。
それはそうと、チン毛がないと、ケンのソレは大きく見えた。おそらく、根っこから見えているためだろう。リュウの記憶が正しければ、高校三年でチン長比べをした際は、お互いマキシマム・イレクションが120(ミリ)という事で手打ちになった筈なのだ。
「周りみろよ。チン毛ねーのお前だけだぞ。」
「いやそれよりさ、チン毛って陰毛だべ?」
二人は並んで右足をレバーに掛けたまま、シャワーの自動停止に煩わされる事なく話しを続ける。
「そりゃそーだろ。」
「ケツ毛も陰毛?」
「そーだろ…多分。」
「じゃあさ、ケツ毛もピューブって事?」
「うーん。そーじゃね?」
「この前ナタリーとその話しんなってさ。ナタリーもそう言ってた。」
まただ。また外人の話しだ。高校生の頃はお互い同じレベルの英語だったのに。お前は外人と話しだして一気にレベルが上がった。それどころか、今やパツヨロの挨拶やジョークまで知っている。
洋画好きだった二人の内、リュウは洋画を研究する為に英文学科に進み、ケンは洋画の俳優を真似る為に外国語学科に進んだ。結果、セックスをしているのはケンだ。ジャスティンビーバーには遠く及ばないだろうが、ケンとリュウでは、圧倒的にケンの方がジャスティンビーバーの"場数"に近付いている。
そんな考えに耽っている内に、気付けばリュウは湯に浸かっていた。
「—おい!リューちゃん!おい!」
「あ、うん。ごめん。何?」
「お前、のぼせてんの?」
「いや、べつに。まぁ、お前はのぼせねーか。チン毛ねーし。」
「関係ねーだろ。」
「そーいやさ、映画秘宝、なくなっちゃったな。そう!チン毛なんてどーでもいい!俺はこれを愚痴りたくて、愚痴りたくて、ほんっっとに仕方なかったんだよ!」
「あーね。」
「お前、悲しくないの?悔しくないの?」
「いや…うん、まー悲しいよ。」
「なんだよそれ。」
「俺、読んでなかったんだ。大学進んでから。お前と高校で読んで以来、読んでなかったんだ映画秘宝。…ごめん。」
「は?なんだよごめんって。別に…」
沈黙。二人はオッサン達の往来を見詰める。
二人を知る由もなく、オッサン達は行き交う。オッサン達は疲れている。このヒノキの匂いには、きっと、そんなオッサン達の臭いが混じっている。
オッサン達と俺にはチン毛がある。
オッサン達が映画秘宝を殺したのだろうか?オッサン達が映画秘宝を作ったんだ。でもそのオッサン達が、知らんぷりをしている。メタファーの様で、全然メタファーになってない気もする。
「…謝んのはお前じゃない。世界の方だよ。」
「は?」
「世界。この世界。つまんねぇ世界。面白いモノが全部死んでくだろ?コロナで出来る事減ってつまんねぇとか何とか言ってるけどさ、そんなんとっくの昔から始まってっから。今に始まった事じゃねーよ。くだらねぇ規則や建前ばっか作りやがって。そう思わない?」
「…のぼせた。チン毛ねーのにのぼせたわ。出よーぜ。」
ケンが立ち、波紋が広がった。そこにチン毛は浮いて来ない。
ダメだ。やっぱりムズムズする。コイツ、変わっちまったのかな?こうして寝てるんだもんな。いや、俺が変わったのか?
「お前さ、スーパー銭湯だよな。」
その声はケンだ。向こうのリクライニングから聞こえてきた。ケンは眠っていなかった。
「は?」
「お前はなんてゆーかさ、そのままでいろよな。コロナに負けねえ、スーパー銭湯でいろよな。」
「なんだよそれ。」
「面白いを作る側だって事。面白いがなくなってく御時世で、お前は面白いを諦めてない。お前は面白いを作ってくんだよ。きっと、そんなお前が作る面白いに救われる奴がどっかに居るんだよ。俺達が映画秘宝にときめいたみたいに。きっと、お前が面白いって思うモノを作る奴等も、絶滅しちゃいない。いつか出会える。」
「なんだよそれ。なんかいいな。」
「だろ。」
「…じゃ、お前は?お前は面白いを作らないの?」
「俺は女の子がいりゃあ、それで面白い。そんだけ。」
「あそ。」
「なぁ!なんかさ、チンコむずむずしね?」
「え、お前も思ってた?」
そうか!そーゆーことだ!
俺達は、ただパンツを履き違えていたんだ!
チン毛と映画秘宝 鳩尾 @mizoochi
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