手紙

 粉々のコップを前に、二人は顔を合わせていた。


「身の危険を感じると力が強くなるのかも……」


 思い返すと、犬を殺した時にしても、トラックにを吹き飛ばした時にしても、危機に瀕したタイミングで能力は発動している。

 これは大きな一歩になるかもしれない。


「ここにいると巻きこまれるかもしれないから、もう帰った方がいい。家まで送る」


 私が大丈夫だと言っても、心配だから、と言って潤は美輝と一緒に家を出た。




「それにしても石を投げるなんてひどい」


 返事が返ってこない。

 潤はぼんやりと、虚空を見つめていた。


「潤、大丈夫?」

「えっ、ああ」


 彼が心配だった。彼の心がこうして削られていくのは、自分の心がえぐり取られていくのと同じだった。



「お前、宮瀬と仲良かっただろ!」


 静かな道に、どこからか怒号が聞こえてきて、私と潤は顔を合わせるとそちらの方向へと走り出した。

 高架下で複数人の男子が一人を羽交い締めにしていた。


「賢也……」


 潤の顔つきが変わった。

 捕まっているのは佐賀賢也。そしてその前に立っているのは界だった。


「やっちまえ」


 界の一言で周りにいた男子たちがハサミやシャープペンシルを取り出した。

 美輝は息を呑んだ。


「やめろ!」


 潤の声に一同が振り向いた。


「潤……」


 賢也は信じられないという顔をこちらに向けた。出た声はとても弱々しい。


「おやおや、人殺しの登場じゃないですか」


 界は二人の男子を引き連れて、嫌らしい顔でこちらへと歩み寄ってくる。

 美輝は潤の裾を引っ張った。


「今だよ、力を使って」


 潤は頷くと界の方向へ歩み寄っていく。

 二人は対峙した。


「賢也を離せ」


 潤の言葉に界はわざとらしく笑った。


「もし、離さないとしたらどうする?」

「その選択肢はない」

「お前……何様だ?」


 界が一歩退き、二人の男子が潤の前に立ち塞がった。手にはカッターナイフが握られている。

 高架下の空気が張り詰める。

 潤は両手を広げ、二人を指差した。




 ――何も起きない。

 界の高笑いが響き渡る。


「残念だったな。何が起きるかと思いきや指を差すだけ。傑作だわ。……てことで、あきらめろ」


 二人がカッターナイフを振りかぶった。


 潤がやられる!



 ふっと二人の体が宙に舞った。彼らの体は五メートルほど後方へと吹き飛ばされた。

 二人は地面を転がり、動かなくなる。


「うっ、うわあああ!」


 一人の男子が逃げ始めると、他の男子たちもてんでんばらばらにわめきながら散っていった。

 界も舌打ちをすると、素早くその場を離れていった。


「賢也、大丈夫か」


 潤は賢也に駆け寄ると肩を貸した。


「危ないところだった。本当にありがとう」


 二人は黙った。

 どちらも何かを言いたそうな顔をしているのだが、なかなか声が出ないようだった。




「あのさ」ついに沈黙を破ったのは潤の方だった。「俺、お前のこと、ずっと友達だと思ってるから」


 賢也は顔を上げて口を固く結んでいた。

 その目から水滴が頬を伝う。


「本当に……すまなかった。僕はひどい人間だ」


 賢也は両手を握りしめて震えていた。

 彼のこんな姿を見たのは初めてだった。


「いいさ。悪いのはお前じゃない」


 賢也は声を出して泣いた。


 二人はずっと友達だったらしい。繋がりはミステリー映画によるものだった。

 言われてみると、この二人の相性が悪いわけない。

 一年の初期から意気投合し、進級後も仲良くしていたのだが、界が現れてからというもの、賢也が距離をとるようになってしまっていたらしい。

 ずっと後悔して謝ろうとしていた賢也は界にそのことが知られ、攻撃されたのだった。

 二人の中が修復されたところで賢也はまたな、と別れを告げた。


 去り際の賢也の背中を見て、美輝は手紙の事を思い出し、彼を追いかけた。


「佐賀くん! ちょっと待って」

「ん? どうした?」

「あの、これまだ渡していないんだけど」


 バッグから、今日渡すつもりだった手紙を出すと、彼はそれを手にして破った。


「もう、必要なくなったよ」


 彼の顔はあまりにも晴れやかで、美輝の心にまで光が差し込んだ。



 ***



 温かい風が吹き、冬が終わりを迎えている。

 美輝の家に一通の手紙が届いた。差出人は宮瀬潤。

 彼から手紙が来たことなどなかったので、胸がときめいた。

 手紙はポストに直接入れられたもので、住所などは書かれていない。

 家まで来たのなら直接話せば良いのに、と思いながらもそれを開けてみて私の胸はどきりと跳ねた。



 明日の夜十時、河原の橋下に来て欲しい。

 話したいことがある。

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