月光に目覚める
滝川創
夜明け
サイレンの音が窓ごしに、くぐもって聞こえ、美輝は宿題から顔をあげた。
いつの間にか部屋は薄暗く、静まりかえっている。
勉強机を離れると、窓を開けて外を見た。
二階の自室からだと、家々の間に沈んでいく真っ赤な夕陽がよく見えた。
遠くの空は紫色に染まり、夜の訪れを告げていた。
美輝が窓から乗り出していると、前の通りを二台のパトカーが通り過ぎていった。
パトカーは、不安を誘う不気味なサイレンを残していく。
「まただ………」
ここ最近、町を走るパトカーが多い。
テレビでも悲しいニュースばかりが取り上げられ、世界が自分を暗闇へと引きずり込もうとしているかのようだ。
再び静けさに包まれた通りを、ただぼうっと眺めていると、向かいのコンクリート塀の上を黒猫がよぎった。
目で追っているとふと黒猫が動きを止めて、こちらに顔を向けた。薄暗い中に浮かび上がったその眼光に、鳥肌の立つ腕で窓を閉めた。
空が淡い朱色に染まり、部屋には夜の闇が訪れる。
***
翌朝、通学路にはいつもと違う雰囲気が漂っていた。
美輝は同じ町にある光城高校に通っており、学校までは家から二十分もかからなかった。
登校時に見かけるのは、大抵、美輝と同じ光城高校の生徒なのだが、その日はやけに警察が立っていた。
落ち着かない雰囲気の中、昨夜のことを思い出す。
この町で何か起きていたのだろうか……?
考え事をしながら歩いていると後ろから背中を叩かれる。
「……美輝ってば。
隣のクラスの
那波とは映画研究同好会で知り合い、一年からよく遊ぶ仲だ。
彼女の家は美輝の家と学校の間にあるため、たまに登校時に会う。
「ああ那波、おはよ。ちょっと考え事してた」
「考え事? あんなに声をかけてたのにウチに気が付かないなんて、何を考え込んでたの?」
「いや、なんか警察が多いなあと思って」
「そうだ。聞いた? 昨日、殺人事件があったんだって」
「……やっぱりそうなのね」
美輝の住む町では近頃、頻繁に殺人事件が起きていた。
事件現場は学校近辺が多く、犯人は未だに見つかっていない。
警察は捜査を続けているらしいが大きな手がかりは見つかっていないという。
「ウチらも気をつけないと。美輝なんかぼうっと考えごとしてるうちに、後ろから刺されちゃいそうで心配だなあ。気をつけてよ」
「悪かったって」
二人は黙って歩き始めた。
実はこの事件における被害者には、美輝たちの通う光城高校の生徒も含まれていた。
それも一人ではない。三人も殺害されているのだ。
このことが光城高校の生徒たちの気を沈めていた。
「あのさ……今度の被害者しってる?」
那波は顔を陰らせた。
「いや、知らない」
「またうちの高校だよ。美輝のクラスの子」
美輝は黙って歩を進めた。
犯人はうちの生徒を狙っているのだろうか。
いつもと同じ景色が、いつもより暗く感じた。
***
放課後、美輝は二組の前に行き、那波が出てくるのを待った。
今日は映画研究同好会の活動日。
那波と一緒に行こうと思い、ここで待っているのだ。
映画研究同好会、略して映研は五人のメンバーから構成されている。
同学年である二年の竹本部長と一年生二人、美輝と那波。
入会当初は
しかし入部から間もなく、彼は同好会の活動頻度が低すぎることに耐えかね、一年一学期末に退部してしまった。
それからというもの、二年の先輩一人と美輝たち一年三人の計四人で一ヶ月に一度映画を鑑賞するという活動を行っていた。
美輝たちが二年に上がると一学年下の後輩が二人入会した。そのことによって竹本のやる気に火が着き、部長となった竹本は以前行っていなかった映画製作を活動として取り入れた。
そんなこんなで今年の活動頻度は昨年の四倍ほどに上がっている。といっても週一回なのだが。
竹本部長は一年生を育てることに夢中で、美輝と那波は別行動というのが現状だった。
那波を待ち始めて五分。二組から生徒が出てくる様子が一向にない。
不思議に思った美輝は、出入り扉の窓ガラスから中の様子を覗き見た。
教室内では中心に立つ、一人のひょろりとした男子生徒と複数人の男子生徒が対峙していた。
それを取り囲むようにして、他の生徒たちが散らばっている。
那波は教室の奥の人混みで、中心に立つ男子生徒たちを見ていた。
「宮瀬、お前、超能力を使って人を殺してるだろ?」
ひょろりとした生徒に向かって背の高い、顔立ちの整った男子生徒が言い放つ。
彼の体はかなり鍛えられているようで、体格が良い。後ろに立つ生徒たちも彼ほどではないが体は大きかった。
一方、宮瀬と呼ばれた彼は棒のように突っ立っていて、その目は前に立つ男子生徒を虚ろに見つめていた。
「君は、何を言っているんだい……?」
宮瀬は低く、静かな声で応えた。
異様な雰囲気を持つ生徒だった。ボサボサの髪の毛から覗いた鋭い目は、獲物を捕らえる獣のようでありながら、その口調は子どもをあやす母親のような優しさを持っている。
彼を包む空気には、オーラのようなものが漂っていた。
「ここら辺の地域で殺人事件が起きているだろ。それ、お前の仕業じゃないか?」
殺気立つ声を出す男子に対し、宮瀬は鼻で笑った。
冷たい何かが背を這い、鳥肌が立った。昨日の黒猫を思い出す。
「俺が超能力者だって……? 君は面白いことを言うじゃないか。俺は忙しいんだ、今日はこれで帰るよ」
宮瀬は周りにいた生徒の隙間をすり抜け、颯爽と教室を去った。
彼が退室すると、しばらく固まっていた教室内は一斉に動き出した。
次々に生徒が出てきて、那波も美輝の元へと駆け寄ってきた。
「ごめんごめん。遅くなっちゃって。さ、行こ」
「ねえ。二組、なんか変な雰囲気だったけど大丈夫?」
人がせわしなく行き交う廊下を、活動場所である視聴覚室へと向かう。
「ああ、美輝も見たんだ。なんかね、あの出て行っちゃった男子、
「なるほど、そういう性格だからあんなに自分の意見をはっきり言ってたんだ」
「そうそう。それであのがたいの良い方は
那波は困ったような顔をした。
「それでなんでああなったかというとね……」
界は転入生で、今年の二学期から二組へやってきた。
彼はそのすぐれたコミュニケーション能力であっという間にクラスに打ち解け、中心的存在にまでなったという。
十月の初め、界が静かな生徒をからかっていたところ、そこへ潤がやってきてそれを指摘した。
それがことの始まりで、潤に目を付けた界は彼に対して攻撃を始めた。それに怯むことなく自分の意見を口に出し続ける潤に、界の恨みはヒートアップしていった。
そして十一月に入った今、界は潤のことを殺人鬼だと言い張っている。
これだけ聞くと、明らかに問題は界にあると思えるのだが、信じられないことに、二組では界を支持する生徒の方が多いらしい。余程カリスマ性があるのようだ。
今では潤一人がクラスで孤立した存在になっているという。
「そんな状態なんだ……」
「そうそう、美輝もあまり近付かない方が良いよ。巻きこまれると面倒くさいから」
界の信頼が大きい理由として、彼の父親が警察に勤めている事があるらしい。だいぶ偉い地位に就いており、町でも殺人事件を担当して調査に貢献しているのだそうだ。
親子共々、まさにエリート。完璧人間で信頼される家系に生まれた界が何故、そんな事をしているのだろうか。
しかし、界以上に美輝の頭の中には、まとわり付いているものがあった。
宮瀬潤。
どこか凶暴な目つき、何でも口に出してしまうというまっすぐな性格、そして何より、本当に超能力が使えてもおかしくないような異様な雰囲気。
美輝は何か、形がはっきりしないその何かに惹きつけられているのだった。
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