(4)

「ストップ、ストップ」

 シャロンが笑いながら先生とフランツの間に割って入った。

「お二人の仲が良いことは分かりました。勝負は見たくて仕方ないですけど、教官、腰は大事にしてください。それに屋上はダメってルピーに言われましたから。ここはほら、剣を鞘に収めてください」

 ルピナスは真顔で頷く。

「そうですよ。フランツさん、次は雑誌に『前世で絶世の美女を争って命を落とした騎士たちの宿命の決闘』なんて特集されてしまったら、どうするんですか」

 二人の男は、しぶしぶ引き下がった。フランツとしても、不機嫌な師匠の相手はしたくない。前回は面倒なことこの上なかった。

「先生、さっさとその使い古したポンコツ腰を治してください。それからご来店くだされば、どこかその辺の浜辺で一戦やりましょう」

「ハン! 相変わらず口だけは達者だな。いいだろう」

「フランツさん、勤務時間中に抜け出すのはダメですからね」

 師匠は横目でジロリとフランツを睨んだ。

「じゃあ先生、来る前に連絡を寄越してくださいね。日曜はお休みを頂いていますので」

 フランツは、キャッシャーの脇に置かれているエスメラルダのショップカードを先生に手渡した。古い写真――おそらく昔のティタンの海辺の風景が印刷されたもので、裏面には地図と住所、電話番号が印字されている。先生は、その写真をじっと見つめてからカードを胸ポケットに仕舞い込んだ。

「マスター、この店は古いのか?」

「いえ、それほどでも。開店は三十年ほど前ですね」

 それはフランツも初めて聞く話だった。壁に掛けられているフレームの写真やポストカードの色褪せ方からいって、大体そのくらいだろうと思っていたので、わざわざ訊かなかったのだが。

「ほう……この街の歴史を考えると、それだけ続いておるのは奇跡ともいえる。必要とされるいい店だということだな」

 ルピナスは一瞬だけ目を丸くして、それから嬉しそうに微笑んだ。

「初代マスターに伝えたいですね。もし機会があれば」

「どこかに隠居しておられるのかね?」

「そうでもないんですが、なかなか会えるものではなくて」

「そうか。しかし、いま店を守っているマスターの手腕があってこそ続いておるのだぞ」

 マスターは両手を合わせて破顔した。

「先生、ありがとうございます♡ フランツさん、あなたは先生を見習うべきですよ」

 急に話を振られ、フランツは首を傾げた。

「どこを? 俺と何の関係が?」

「ハア、そういうところがダメなんですよ。褒め方です」

「はあ……」

「女性を自然な流れで褒めるのが大事なんですよ!」

「そうなんですか」

「なんだ、お前さん、勉強する気ゼロか」

 先生がカラカラと笑った。

「とりあえずマスターの言うことは聞いておくんだな」

「わかってます。従わないと解雇をちらつかされたり、足を踏まれ、うあっ!!」

 またもやかかとで足の指を踏みつけられ、フランツは悲鳴を上げた。

「何するんですか!」

「あ、ちょっと邪魔でしたので、うっかり♡」

「嘘つけ! 怪我したら用心棒にもなりませんよ!」

「アーノルドが居ますから。あなたは、どちらかというとお飾りです」

「あーそうですか、立ってるだけでいいんですね」

「それは案山子かかしです。役立たずは解雇します」

「だから、ちゃんと働いてるじゃないですか!」

「もう少し素直に言うことを聞く弟子が欲しいものです」

 眠そうな顔で会話を聞いていたシャロンが吹き出した。

「仲良しだね」

「俺が一方的にいじめられてるだけでしょうが!」

「やれやれ、お前さんがクソ元気なのは分かったわい。そんじゃ、そろそろ帰るか」

 先生は久しぶりに休暇を取ってティタンを訪れているとのことで、明日は昼まで街を観光してから王都に戻るという。

「スリに遭わないよう、せいぜい気をつけてくださいね」

「お前さん、ワシがスリに遭うとでも思ってるのか?」

「ギックリ腰のオッサンは狙われかねません」

「フン」

 シャロンは立ち上がって、後ろの壁に掛けられていた先生の外套と中折れ帽を取りつつ、ホテルまでは自分が送っていくから安心しろと言った。

 フランツは階段の上まで二人を見送ることにした。さすがに十一月ともなると、外套がないと寒い。

「ではな」

「お気をつけて。シャロンさんも気をつけてくださいね」

「私はいつも来てるじゃない? 入管からすぐそこに宿舎があるから大丈夫だよ」

「シャルル、酒ばかり飲んで剣の腕が鈍ったら許さんぞ」

「酒なんか水ですよ」

「抜かせ、青二才が」

「はいはい、行きましょう教官。またね、フランツ」

 フランツはお辞儀して二人を見送った。

 もう日付けが変わる時間だというのに、街中心部のネオンは煌々こうこうと輝いていて、大通りを行き交う自動車――魔法エネルギーではなくガソリンという燃料を使ううるさい乗り物だ――の騒音が聞こえてくる。それらを目にし耳にするたび、なぜ自分はここにいるのだろう、ほんとうは長い長い夢の中にいるのではないかと思うのだった。




***


今夜のBGMはJames Arthur / Back From The Edgeです。

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