第20話 一年目
「忘れ物はないかい?」
「はい」
「いいかい?何かあったら直ぐに帰ってきていいんだからね。体調に気をつけて、無理はしないこと」
「……はい。月に一度は手紙を出します。仕送りも」
「仕送りなんていいんだよ!こっちはお金に困ってるわけじゃないんだから。これまでのお金だって、別に良かったのに……」
「それは私の感謝の気持ちですから。受け取って下さい。あとこの小袋も」
そう言ってレイアはキュステの手のひらにほんの小さな巾着袋を載せる。
「なんだい?これ」
「……御守りです。何か困った事があったら開けて下さい。それではキュステさん、お元気で。本当に今迄お世話になりました」
そう言うとキュステさんは泣きそうな顔で私を抱きしめて、「その制服、よく似合ってるよ」と言って笑って送り出してくれた。
季節は春。
半年前にアーノルド家へインベル様に紹介された数日後に挨拶に伺い、随分気に入られた事で養子にいれて頂く事になった。そのまま家に住まないかとも言われたが、軍に入隊するまではお世話になったキュステさんの元に居たいと、結局この海辺の家にお世話になり続けた。
「レイ!」
「! ライト!」
軍の施設がある王城の区画へ向かう道すがら、後ろから背中を軽快に叩かれる。
ライトとはこの半年で随分と仲良くなり、今では呼び捨てをするような間柄だ。
運のいい事に、ライトも今年軍に入隊するという事で、知り合いがいることに安心した。
「ほらよ」
「?何だ?これ」
ライトから小さな小袋を渡される。丁度私がキュステさんに渡した物と同じくらいの大きさの物だ。
「カリーナから。御守りだとよ。あいつ僕には何もくれなかったのに……」
そう言ってライトは少し拗ねたような顔をした。彼は意外とシスコンの気がある。
「拗ねるなよ〜」
「別に拗ねてない!」
「怒るなって。今度お礼の手紙を出しとく。ありがとな」
アルフォンド家とシレーヌ家には先日、今迄お世話になったお礼とお別れの挨拶に伺った。
両家には本当に感謝してもしきれない大恩がある。いつでも我が家だと思って訪ねてくるといいと笑って送り出してくれた。本当に優しい人達だ。ただ、その際カリーナちゃんには大層泣かれてしまったけれど。彼女も私にとって親友で、大切な妹みたいな存在だ。だから泣くほどお別れを惜しんでくれたことはもう身内がいない私にとっても凄く嬉しかった。
休暇の際には必ず挨拶に伺う約束をして別れた。……いつまでこの国にいることになるかは、わからないけれど。
遠目に城壁の大門が見えてきた。
「……いよいよだな」
「うん」
「レイと同じ部隊に配属になれたのは本当に幸運だと思ってるよ。軍でもよろしく頼む」
「こちらこそ。心強いよ。相棒」
私の言葉にライトは大きく目を見開いたかと思うと、照れたように顔を背けた。その耳は真っ赤だ。
「何だよそれ、初めて言われたぞ」
「そりゃ初めて言ったからな。……俺が相棒じゃ不満か?」
「別にそんなことを言ってないっ!」
焦ったように言葉を返すライトに笑ってしまう。事実、秋に上級コースに上がってからは体格や年代から専ら組むのはライトばっかりで戦い方の相性も良かったのか、稽古ではすっかり二人セットで扱われるようになっていた。
大門を抜けると遠目に王城が見える。
私達は軍の区画に向かうため、王城を横目に右の道に進む。これからは毎日遠目からあの城を眺めることになるだろう。
(……やっとここまで来た)
この一年はあっという間に過ぎた。軍でもたらたらしていたら数年なんてあっという間だろう。
(これからは一分一秒も無駄に出来ない。少しでも早く昇進して騎士の位を手に入れる。そして王城に出入りできる立場になったらーー)
その時こそ、王の首をとってやる。
それまでは絶対に死ねない。生きて、仲間の元に戻る。
レイアの瞳に青い炎が灯る。
(でも、軍には"彼"がいる……)
キュステさんは軍に入ったら是非甥に会いに行くと良いと言ってくれた。彼とは類便に手紙のやり取りをしているようで、私が軍に入隊する事も伝えたと言っていた。少し前にはついに大隊の隊長の補佐という立場についたというから驚きだ。
(でも、私の軍の入隊には反対してるみたいだってキュステさんが困ったような顔してたな。まぁ、私を助けてくれた時に女だとはバレてるんだから、当たり前といえば当たり前か……)
キュステさんには悪いけれど、私は彼とはなるべく会わないようにするつもりだ。
キュステさんは小さい頃に数度しか合わなかったから大丈夫だったけど……彼には幼かったと言えど毎日のように会いに行っていた。
顔を見られたら多分、確実に、人魚だとバレる。
助けてくれた時に気づいたかはわからない。でも手紙でキュステさんにその事を告げた様子もなかったから忘れられている可能性は高い。だとしても、会ったら思い出される危険性が増すだけだ。そしたら確実に軍にはいられなくなる。問題は女だとバラされないかだけど、キュステさんが手紙で必死に頼んでくれていたようだ。それを信じて大丈夫だと願う事しか出来ないが、不安しかない……。入隊の許可証は問題なく届いたからとりあえずは大丈夫だろうけど、心配だ。
(会ったら帰れと言われそうだし、彼はやはりなるべく会わないようにした方が良いだろうな……)
はぁ、とレイアは溜息をつく。
本当は会って助けてくれたお礼を言いたい。朧気な記憶の中の不思議な目の色をした少年。きっと立派な青年になっていることだろう。でも会って思い出されでもしたら目的を果たせなくなる。
(でも大隊の補佐なら、入隊式の時に遠目から姿を見れるかもしれないな……)
遠くから姿を見るくらいなら、許されるだろう。
幼い日に別れてからずっと会えずにいた少年の姿を見れるかもしれないことに、レイアは人知れず小さな笑みを浮かべ、軍の入隊式が行われる大広場へ足を進めた。
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