第19話 その身が悪に染まろうとも


「後見人……ですか?」


稽古の後にインベル様に話があると呼び出され、応接室に向かうと、見た事のない、だが一目で上物であると解る服装に身を包んだ壮年の男性を紹介された。

そして、レイアさえ良ければ彼にレイアの後見人を頼みたいと考えている旨を伝えられた。

正直、レイアはてっきり後見人やらなんやらはアルフォンド家やシエール家が請負ってくれるものだと思い込んでいたので、改めてその件についての話をされるとは予想外だった。


レイアの顔からその事を察したのだろう、インベルは戸籍などに関してならアルフォンド家とシエール家でも十分用意をしてやれるが、軍に入るとなるとある程度の貴族の推薦や後ろ盾が必要になることを説明した。それが国への忠誠を誓う証拠になる為に決して外せない条件であるという事も。

そしてその事でレイアは今目の前にいる人物の位に気づいた。


「では……そちらの方は、貴族の方ということですか……!?」


レイアは慌てて居住いを正し、改めて自己紹介をする。

どれ程の身分かはわからないが、身につけている服装だけでもかなり上の身分であることは解る。油断していたつもりはないが、礼儀を書いてしまっては紹介して下さったインベル様にも迷惑がかかるし、下手をするとアルフォンド家の名に傷がついてしまうかもしれない。


「はは、そんなに畏まるなよ。初めまして。俺はガンヴェル・アーノルド・アールストン。ソリタニア国四大公爵家の一つ、アーノルド家の当主をしている。それとお前がこれから入る軍では実戦部門に置いてのみだが、たまに教官の真似事みたいな事もしていたりする」


レイアは思わず瞠目した。四大公爵家……それはこの国において王家の次に高い身分を示す言葉だ。予想をはるかに超えた身分の人物を前にどう反応すべきか混乱する。というより、そんな人物と知り合いであるインベルは何者なのだろう。そしてまさか、そんな上の立場に存在する人に自分の後見人を頼むなんて予想外に過ぎる。

レイアは態度には出さないつもりでいたが心の中では大パニックだ。

そのレイアの反応を男はニヤニヤた見やっていた。


「ハッハッハ!! いーい反応じゃねえか坊主! まさかこんなオッサンが四代公爵家の一人だとは思っても見なかったって顔だな!?」


「えっ!? い、いいえ! 滅相もございません!ただ、その……まさかそこまで身分の高い方がお見えになってるとは……予想外過ぎたもので……」


というか予想出来るはずがない。そんなに身分に差がある人物とこんな簡単に会うことになるとは普通思わない。というかこの場合こちらから出向くべきではないのだろうか……。しかしこのガンウェルという人物、なんというか公爵家の人物にしては大分気さくというか、大らかというか……はっきりいうとサバサバしていて大雑把そうな人物だ。軍人然とした体格とその堂々とした態度にはあまり気品というものは感じられない。黙っていれば貴族らしくもみえるが、動作や口を開くとと台無しな感じがどうしても拭えない。だが、レイアとしてはその貴族らしくない所が逆に好感を持てた。


とりあえずお互いの事を知らないことには何も始まらないということで、急遽三人でお茶をする事になった。

かなり上の立場の人と話をするということで最初はぎこち無く緊張感に包まれていたレイアだったが、ガンウェルの気さくな態度に次第に普通に会話をする事ができるようになっていった。

そしてそのうち話題はガンウェルの仕事についてのものになった。


「我がアーノルド一族は銃について研究している家柄である」


そのガンウェルが誇らしげに語った一言で、レイアは目の前が一瞬真っ暗闇に覆われたかのような感覚を味わった。


「銃……ですか」


「そうだ!! 銃は素晴らしいぞ! 銃が開発されてからこの国の軍事力は飛躍的に進歩した!! その新たな力の開発と研究こそが我がアーノルド家が四公を名乗る所以の最たるものである! 先の戦いに置いても大砲というものを使用し始めてだな……」


アーノルドが誇らしげに話を続けるが、レイアはもはやそれ所ではなかった。

脳裏にあの日の光景が蘇る。アクティニア城は船から幾度となく打ち込まれた大砲によって一瞬で崩れ去った。その威力は容赦なく多くの同胞を瓦礫の下に沈めた。

目の前が真っ赤な色に染まるような感覚。

レイアはそれを懸命にこらえた。怒りを、動揺を気取られてはいけない。抑えなければ。

だが、もうレイアにとって目の前の男は祖国を壊した害獣にしか見えなかった。

あの日息を引き取った父の身体には無数の弾痕が残っていた。この国に戻るまでに何人も見かけた兵士の亡き骸にもそれは見られた。

あの悪魔のような凶器を生み出した男が、今目の前にいる。

だが、自分がここにいる目的を思い出す事で押さえ込んだ感情は怒りを通り越して、レイアの頭は瞬間、冷静になった。

そして冷静になった思考は一つの結論を生み出した。

これはチャンスではないだろうか?

目の前の男は間違いなく祖国の敵を取るべき相手だ。そしてその後ろ盾を得るということはこの男の懐に入り込む事を意味する。

レイアの心にほの暗い喜びが生まれた。

ああ、そうだ、敵を取るためなら私は手段を厭わない。最終的に復讐が果たされる事。それ以上に重要なものなどないのだから。

それが、例え、この身が最も憎むべき血筋の者の家に名を連ねることになろうとも。

レイアの口元は自然に笑を浮かべた。

この運命のいたずらとも言えぬ、復讐の機会を与えた神に対して今は感謝こそすれ、恨む気持ちはない。


その笑みをガンウェルはレイアがアーノルド家に好感を持ったために浮かべたものだと思ったのか、レイアにも銃を扱ってみないかと勧めてきた。

レイアは表情の仮面を身に付ける。心からの笑みを浮かべ、是非御教授頂きたいと返答した。




そう、そして新たな殺しの手段を得たら、祖国を滅ぼしたその武器で今度は私が目の前の男の命を刈り取ってやるのだーー



敵をとる日までまだまだ時間はかかるだろうが、新たな一歩を踏み出せたことにレイアは心のうちでほの暗い笑を浮かべた。




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