第18話 大人達の話し合い

その日、アルフォンド家当主インベルの元に一人の客人が来ていた。


「急に呼びだてて申し訳ありません。軍の訓練で忙しいでしょうに……」


「何、気にするな。俺の受け持つ分野は訓練数も少ないからな。丁度暇していたんだ。しかし、最近の奴らはわかっとらん。現代の人間の持つ武器として何が一番有用であるのかを!昨年の人魚の掃討戦に於いても……」


「あ、あー、そうですね、その通りです。ですがとりあえず、要件を伝えても良いでしようか?アーノルド様もお時間は少ないでしょう?」


ガンヴェル・アーノルド・アールストン。それがこの男の名だ。燃えるような赤褐色の髪と瞳を持つこの男はソリタニア国四大公爵家の一つ、アーノルド家の現当主にして軍の幹部である。さらにある分野においては実技の指導も行っている。そして、インベルの軍時代の旧友でもある男だ。


「そうだな、だがその前にインベル、いい加減その丁寧口調をやめろ。人前では仕方ないにしても、いまは俺達二人しかいないだろう。正直お前の丁寧語は気持ち悪い」


「気持ち悪いとは随分だな。仕方ないだろう!いくら我が家も身分が少し上がってきていると言っても、せいぜいが平民に毛が生えた程度だ。旧友ではあるが、この国で最も歴史と格式を誇る貴族ーー四公の一人であるお前は本来なら関わる事すら難しい身だ。ましてや、家に呼び出すなど以ての外だ」


「何言ってる。現に俺を呼び出してるじゃないか」


「……出向く旨を示した手紙を書いたはずなのに返事を寄越す前にお前が直接来たんだろうが!」


「いやなに、普段手紙の一つもくれない修行馬鹿のお前からいきなり手紙で頼みがあると言われれば誰だって驚くさ。それで?一体俺に何の頼みがあるって言うんだ?」


「お前に紹介したい人物がいる。そして可能ならば、その者の後見人になって欲しい」


「……ほう?四公の後見人を必要とするとは……なかなかの訳ありだな?……詳しく話を聞こうか」


そしてインベルはレイのことを話した。海から流されてきたレイには現在身分を証明する戸籍がない。戸籍だけならアルフォンド家やシエール家だけでもなんとか準備出来ないことはないが、レイは軍に入ることを目指している。他国の者が軍に入るにはその者が国に忠誠を誓う者であると示す為にある程度の身分の者ーー、身分が高い者にその身を証明してもらう必要がある。その為には後見人になってもらう方法が一番手っ取り早いのだ。そしてそれは、軍から間違っても反逆者が出ないようにする為にある程度の身分の者の後ろ盾を得る必要かあることを意味している。


インベルはレイの事情を説明し、アーノルドに後見人になってほしいと願った。


「……成程。事情はわかった。お前が目をかける程の存在だ。余程の逸材なのだろう?しかも話を聞けばシエール家からの信頼も厚いときた。だが、俺は自分で見た者しか認めん!そういう質だ」


「……お前ならそういうと思ったよ。丁度もう時期昼休憩が終わる。道場に案内しよう。其処でレイを見てくれ。俺がいうのも何だが、元々剣術をやっていたか、才能があったんだろうな。アレは、とてもじゃないが道場に通い始めて半年と少ししか経ってないとは信じ難い腕だ」


「武術や剣術に於いては辛口評価のお前がそこまで言うとは……驚きだな」


インベルは道場師範をしているが、武術や剣術を極め続けた人物であるからこそ、弟子や教え子を褒めることなど滅多にない。そのインベルが才能を認めるような発言を零したことにガンヴェルは驚いた。


(これは……思った以上に期待できるかも知れないな)


ガンヴェルは口をニヤリと歪めると、道場へ向かうインベルの背を追った。









カンッカンッ


道場から木刀を打ち合う音が響く。

どうやらちょうど打ち合い稽古の時間に入ったようだった。


「お、丁度いいタイミングだな。丁度今からレイの番みたいだ。ほら、あの奥の方にいる……金髪頭の小さい坊主だ」


インベルの言葉にガンヴェルは奥にいる子供に目を向ける。


(なんだ。どんな厳つい男かと思ったら、随分お綺麗な顔した奴だな。とてもこいつの言うように腕が立つようには見えない)


だが、長い間軍で揉まれてきただけあり、見かけで判断するのは早計だ。ガンヴェルは気を引き締めて今正に始まろうとしている稽古に目をやる。








「始めっ!」


審判が鋭く声を上げる。


あの初めての打ち合い稽古に参加した日以来、レイアの番になると皆が興味深げに観戦するようになった。周りが注目しているのがわかる。だからこそレイアも、毎回同じような戦いをする訳には行けない。同じ事の繰り返しや、依然やったようなやり方では勝てないと判断してからは、様々な戦い方を研究して試すようにしていた。


今日の相手は同じ中級の年配の男性だ。最近、怪我のために軍を抜けたばかりだと聞いたが、さすがついこの間まで現役だっただけはある。隙が全く見当たらないのだ。その所為でレイアも攻めあぐねていた。

この道場の試合は実践形式を重視していて、剣技以外にも武術を応用した戦いも許されている。そう、いわば何でもありの勝負なのである。レイアは辛抱強く相手の出方を伺った。相手の男が焦れて、一歩踏み出し打ってきた。レイアはその剣先を軽く制し、同時に間合いを踏み込んできた所で素早く相手に足払いを仕掛けた。レイアがそのような手に出るとは予想外だったのだろう、相手がまんまと体制を崩した所で素早くレイアは剣先をその喉元へと突き付けた。


「勝負あり!」


おおー!と周りがどよめく。


「ついにお前も余裕がなくなってきたみたいだな」


「ライト!」


ふぅと息をついていたレイアの元にライトが揶揄うようにして声をかけてきた。


「まさかお前が足払いなんて汚い真似をするとは思わなかったぜ」


「失礼だな。最近は皆が俺の戦いを興味深げに見てくるものだから、同じ手は使えないし、しかも今回はついこの間まで現役だった人だ。相手が悪い。手段なんて選んでいられなかったんだよ。それに足払いも立派な戦い方の一つだ。禁止されてもいないし、実践では何があるかわからないんだからな」


「まぁ、そりゃそうだが……」


ライトはチラッとレイアの横顔を見やる。レイアはその綺麗な顔に反して常に実践を意識した戦い方をする。その為に手段を選ばない。だからこそ予想外な戦い方をするため、周りもその試合を興味深げに見るのだ。


(まぁ、本人は特に意識してないみたいだけど……)


きっと彼の身にも色々あったのだろう。でなければこれまで戦いに出たこともない子供が、あんな戦い方をするとは思えない。だが、何があったかなんて聞く事も出来ない。まだ自分はそこまでレイアと親しくなれた訳では無いのだから。あのレイアに剣の振り方を指導した一件以来、ライトはレイアと仲良くなりたいと望むようになった。

話してみると同じ年頃であることと、予想外の戦い方を相談してくるレイアとは話していて気が合うし楽しい。そして何より、


(こいつ、本当笑うと可愛いっつうか、綺麗なんだよな)


ライトはあの日以降、レイアの笑顔に惹かれるようになっていた。


(は!いやいや、こいつは男だ!)


本人は自分の思考に危機感を抱いてはいたが、仕方無いと言えば仕方ない。何しろここは男所帯の道場である。ライト以外にもレイアに下心を向けている男は大勢いる。それに気付いて以降、ライトはレイアの周囲に気を配るようにしていた。その事に気付いてないのは本人であるレイアだけである。



一方、レイアの打ち合い稽古を見ていたガンヴェル達はというと……


「へぇ……」


レイアの戦い方を見ていたガンヴェルが面白そうに目を細め、ニヤリと口角を上げた。


(成程、インベルの言う通り、半年で身に付けたとは思えない身のこなしだ。そして何より……)


ガンヴェルは、レイアが足払いを使ったことに興味を示した。これが他の道場であったら汚いやり方だと思われる戦い方だろう。しかし此処は他でもないインベルの道場だ。ここでは何においても実践を意識した戦い方をするように指導されている。そしてレイアは今見ている男達の戦い方と比べても圧倒的にその実践を意識しているような動きをしたのだ。


「こいつぁ、面白そうだ」


ニヤリとレイアに視線を向けるガンヴェルを見て、インベルは一先ず後見人の方はなんとかなりそうだと胸をなでおろした。


(あとは、レイの奴次第だな)


インベルはどう話をつけるべきかと、ライトと試合観戦に興じるレイアに目を向けるのだった。



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