第16話 アルフォンド家における日々 1



剣術稽古が始まるまでにまだ余裕がある昼休み、レイアは自主的に上級コースに所属している先輩にお願いをして戦い方について相談していた。


「周りに比べて自分が力で劣っていることは理解してます。だから普段は速さや身軽さを利用した戦い方にしているのですが、そろそろ限界も感じていまして……、どうにかしてもっと力をつける方法は無いですかね?」


「限界と言っても、現段階での話だろう? レイはまだまだ伸び代があるし、これから剣を振るう速さは更に上がっていくだろう。今からそんなに焦る必要はないんじゃねぇか?」


「それじゃ、困るんです……。俺は来年、軍に入る事を目標としているので」


「ら、来年……!?ちょっとそれは速すぎないか?!坊主は道場に通い始めてまだ半年だろ?そりゃあ、半年で中級になったりと目覚しい成長をみせちゃあいるが……」


レイアの言葉に指導していた先輩は勿論、道場に集まっていた他の者達の間にも驚きとざわめきが広がっていく。それでも、レイアが人一倍努力していることを知る成長を間近で感じている者達の多くはレイアに協力的であった。ここ半年でレイアの驚異的ともいえる成長をみて自らも今よりさらに強くなろうと努力する者達が増えたことで、道場の雰囲気がより良いものになっていた。その変化を経営者であるインベルは喜び、レイアの希望通り可能なら一年で軍に入れることも視野に入れている様であった。


しかし、遠くからそのレイアの様子を憎々しげに見ている人物がいた。

ライト・アルフォンド。彼はインベルの孫であり、キュステの義妹であるターニャの息子である。ライトは姉であるカリーナからレイアの事はある程度聞いていた。

記憶を失い、その記憶を取り戻すために軍に入る事を目指していると。

話を聞いた時はそんなレイアを不便に思い、年下ではあるが、道場では先輩になるし、何かあった時は手助けでもしてやろうとのさえ思っていた。

しかし実際道場に通い始めてからレイアがめきめき成長していく様子をみて、その考えは一変した。

もうすぐ十五歳になるライトは、来年は当然、軍に入るつもりである。この国では十歳以上から軍に入る事が可能であるが、通常ては十五歳で入る事が多い。軍人一家に生まれたライトはいつか父や祖父のような立派な軍人になる為に幼い頃から道場に通っていた。その努力が実り数ヶ月前についに上級コースに入る事も出来たのである。

そんなライトは勿論周りから褒められていた。軍に入る前に上級コースに入れることは実に稀な事なのだ。上級コースにいる多くのものは軍に所属しているが、実家通いの者が休みや勤務の空き時間に来ている僅かな者以外は全員元軍人である。怪我で軍にいられなくなったものや家の問題や実家を継ぐためなど、様々な理由で軍を除隊した者達がそれでも身体を鍛えるために道場に通っているのである。

だが、数年かけてようやく上級に入れたライトのすぐ隣でレイアは半年という短さで初級から中級になった。何人かは軍に入るまでに上級になるのではないかと話す者がでる程にその成長速度には目を見張る者がある。

レイア自身が度がつくほどの努力家で人一倍稽古に打ち込んでいるのは知っている。だが、それでもライトは納得いかなかった。

自分が苦労して上り詰めた道を、レイアは軽々と進んでいるように感じたのだ。

だからライトはレイアを受け入れる事もできなければ、好感も抱けないでいた。彼自身は気づいていないが、自分以上に才能を持つように見えるレイアを妬んでいたのだ。

そして更に気に入らないことにーー、


「レイ!」


「カリーナちゃん!」


道場の入り口からひょこっと顔を覗かせて声をかけるカリーナを見てレイアがそちらへ向かう。


「どうした?折角の休みの土曜日にこんな所まで来て」


カリーナは普段は家庭教師の授業を受けていて忙しい。そんな彼女にとって週三日の休日の中でも平日や式典などがよく催される日曜とは違い、他家の子達と比較的一緒に出掛けられることが多い土曜日に道場に姿を見せるのは珍しい。


「これ……差し入れ。あんたどうせ、今日も稽古が終わったらすぐバイトに行くんでしょう。お腹すくと思って」


カリーナはサンドイッチの入った紙袋を押し付けるようにしてレイアに渡した。その手はよく見ると所々怪我しており、レイアには普段料理などする事が無い彼女が一生懸命作ってくれたのだということが直ぐにわかった。

道場が休みの午前中はアルフォンド家の書庫で勉強する事が多いレイアは、休憩時間などを通してカリーナと新交を深め、友人のようになっていた。女である事は隠しているものの、他に歳の近い同性の友達がいないレイアにとってカリーナは、貴重な友人であり、同時に可愛い妹の様な存在であった。

きっとこの前会った時に道場が終わった後はどうしているのかという質問に夕方は道場に通うお金を稼ぐためにバイトしているという話を聞いて用意してくれたのだろう。

……実を言うとカリーナは男だと思っているレイアに僅かに好意を抱いていて、道場の後に時間があったら食事にでも行かないかというつもりで声をかけたのである。勿論レイアはそんな事には一切気づいてはいなかったのだが。


「わざわざ作ってくれたのか?……凄く嬉しい。ありがとう、後で大切に食べさせてもらうな」


心から嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくるレイアの顔をみてカリーナは顔を真っ赤に染めたかと思うと「じゃ、じゃあ、私は用事があるから!」と叫ぶようにして走り去ってしまった。

周りの男達はそんな若者の初々しい青春を生暖かい目で見守っていたが、レイアはそんな事は露知らず、もっと話したかったのに直ぐにカリーナが帰ってしまった事を残念に思っていた。


(全く、わざわざ神聖な道場にまできて、姉さんは何をやっているんだ)


そしてそんな様子が気に入らないのはやはりというか、ライトだ。

これまた本人に自覚はないが、存外シスコンである彼は先程のカリーナとレイアの様子を憎々しげに見ていた。

半年前から姉はよくレイの話をよくするようになり、最近では会うと道場でのレイの様子まで聞いてくる始末だ。ライトにはそれが気に入らなくてしょうが無い。……ただの一方的な逆恨みではあるのだが。


そんな彼は今日もレイアには負けるわけには行かないと稽古に精を出すのであった。



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