第2話 新しい人生

 今日は土曜日。午後は百合園七瀬の家にお邪魔するという約束をしてある。午前は彼女のアドバイスで、彼女が勧めてくれた美容院に行くことにしていた。


 今までごく普通の床屋へ髪を切りに行っていたので、その美容院の内装はあまりにも綺麗で、そして女性ばっかりでだいぶ緊張した。俺に厳しい親でも、流石にカット代は出してくれるので助かっている。


 そして俺の担当の綺麗な女性が俺の髪にハサミを入れるなり、どうやら毛量からだろうか驚いているのがわかった。そして最後に眉毛も整えてもらい全体的にスッキリした。


「かっこいいね」


 その言葉に愛想笑いを浮かべた。そのあとの、選択は自由であるセットは断った。そのまま、昨日百合園七瀬が手で書いてくれた地図の紙を頼りに彼女の家へ向かった。


 インターホンを押すなり、数十秒。出てきたのはラフな格好の百合園七瀬で、眼鏡もマスクもしていなかったため俺は思わず目を見開かせて凝視してしまった。可愛いという予想が当たっていた。いや可愛いどころではない。これは新たなる学年一の美少女かもしれない。いやこれで髪とか整えたら絶対モテるな。そう確信した。とはいえ、素材が良いからだろうか、そのだらしない髪が色っぽくさえ見ててしまった。


「上がって。今日誰もいないから」

「おう」


 誰もいないからというのは何かの暗示だろうか? 気にしないでおこう。案内されたのはリビングであり、彼女が出してくれた椅子に腰掛けた。


「まずセットからだね。どうする?」

「おまかせで」

「じゃあ私好みにするよ」


 そういうと彼女は、自分用の小さな可愛い箱からなにやら丸い物を取り出し、その蓋を開けるや否や、それをひとすくいして手につけ伸ばし、そのまま俺の髪をいじり始めた。


 ここで二つの疑問が湧いた。


 やはり、なぜ彼女はオシャレのグッツを持っていながらオシャレしないのだろうか? もったいない。前言っていた、女子力を上げない理由が家庭の事情にあるというのが、それにどう関わっているのだろうか? 皆目見当がつかない。


 そしてもう一つ。なぜ彼女は女子ながらも男子のオシャレをまるで全て知っているかのように、セットしてくれるのだろう。本当に不思議だ。


「あ、私やらかしたかも」

「え? 別にいいけど」

「あ、そういうのじゃなくて、私本気出しすぎたかもって意味」

「あー。ありがと」


 七瀬が持ってきてくれた鏡の中には、全く雰囲気の変わった自分がいた。どうやら彼女の腕前は本物のようだ。それから、どうすればボリュームが出せるか、ここはこうするなど、まるで教師のようにセットの方法を詳しく教えてくれて、俺はしっかり頭にインプットさせた。


 次のアドバイスは髪ではなかった。まず明るい表情、背筋をピンと、胸張って歩く。これを何回も意識させられた。オシャレとはかけ離れているが、これは確かに重要である。


「もう私から教えることは何もない」

「助かったわ。マジでありがとう」

「えへへ」


 本当に入学当初から百合園七瀬には感謝しっぱなしだ。どうやって恩を返そうかずっと悩む。俺もいつか彼女の期待に応えてあげられたらな。


「そういえば、たしか康太の家ってさ──」


 その話の内容は、結論から言うと月曜日の朝、百合園七瀬の家によると言う話だった。彼女の家は、俺の登校する通路の通り際にあるということで、多分今日教えたセット方法は忘れるだろうからと、彼女は明日もやってくれるそうだ。


「康太。月曜からどうなっても知らないからね?」

「お、おう」


 その言葉の意味は分からなかった。もちろんこのまま帰って、親にこの髪型を見られたら激怒すると予想はしていたので、彼女の許可の元洗面所にて頭を洗い乾かした。そのまま親に内緒でワックスを買い、家に着くなり部屋に隠した。


 翌朝、少し早く家を出て百合園七瀬の家へ向かった。そのまま土曜日と同じように彼女は俺の髪を弄り始めた。


「一緒に学校行こ」


 その発言に俺は驚いた。俺にとって初めての二人登校であり、しかもその相手が女子ということで少し新鮮に思っていると、背中をバシッと叩かれた。


「こらっ、背筋曲がってる」

「おう、ありがと」


 俺が油断するたびにバシバシと叩いてくれて、意識がより強くなったと心で感じた。


「ってかさ、マスク取りなよ」

「えー。これしてると安心するんだよ。なんか守られてるって感じで」

「そんなこと言ってないで」


 そう言ってマスクは外された。


「ついでに眼鏡も」

「おい、これじゃ黒板見れない」

「じゃあ授業の時だけ付けて」


 そう言ってメガネは外された。


「お前もメガネとかマスク取らないの?」

「……うん」


 無意識でそう聞いてしまった。地雷を踏んだのだろう。俯いた彼女になにか事情がある事分かった。そのままこの話題を打ち切ったのは彼女だった。


「康太……一昨日も言ったけど、この後どうなっても知らないからね?」

「あ、うん」




 校門に入るなりまず複数の視線を感じた。みんなの顔がぼやけてよく分からないが、他クラス他学年からの視線も集めているっぽい。きっと俺たちが二人で登校してきたからなのだろうか。


 昇降口から教室に向かうだけで視線の嵐だった。そこで確信した。見られているのは俺たちではなく俺だという事。なぜなら「あれってあの康太だよな?」「メッチャタイプ」「私は知ってた」


 そんな声が聞こえて来るのだ。もちろん背筋はピンとしたまま、常に百合園七瀬から教わった事は意識している。


 教室に入るなり、俺を見た男子達の中から数人が寄ってきた。


「お前……康太か!?」

「よくできた!」

「本気出せばできるって思ってたんだぜ!」


 見るからに感じが良さそうな人たちだ。彼ら以外の人たちはきっと俺たちを罵った奴ばかりだろう。ここで忘れてはいけない。彼女から教わった愛想の良い振る舞いを。


「そんなに変わったか俺?」

「変わった、メッチャイケメン」

「男だけど好きになる」


 横目で百合園七瀬を見ると、まるでやるじゃんと言わんばかりにニヤニヤと視線を送ってきた。


 ふと視界の隅で、桐崎七瀬の視線を感じ、思わずいつものように目を合わせそうになったが、今の俺にはもう合わせるほどの関係もない。桐崎七瀬を許さないと言ったが、別に復讐をする訳ではない。ただ桐崎七瀬によって俺と俺の周りの物に影響が及ぶようなら俺は行動に出る。


 

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