貴女の一番になりたいの
佐藤令都
前 貴女の1番になりたいの
ねぇ、私は貴女の何番目?
貴女の声が、貴女の笑顔が、貴女と手が触れる事でさえも、全部が愛おしいと思ってしまったの。
少し低めの声も、居眠りがバレてにやりと笑った時に覗く白い歯も、可愛い顔をしているくせに、やけにカッコイイ言動も、気紛れに耳にかける髪も、貴女は意識していないでしょうけれど、その仕草ひとつひとつに胸が締め付けられるの。
常識としてはわかっているの。貴女の瞳に私が映る事など無い事は。
解っているの、分かっているの。出会った時からずっとずっと!
私の感情が何を意味するかも。貴女に掻き乱されている事さえ心地よいと思ってしまう自分の事も。
普通では無い事は解っている、分かっているの!
でも、愛したいの、貴女を!
愛されたいの、貴女に!
貴女は薄々気が付いているでしょうけれど、それでも尚、貴女は私を友達の一人として接してくれている。そんな貴女の気遣いが私の心を締め付けるの。
貴女に触れたいの。
貴女の肌に私の指を滑らせたい。貴女の桜色の唇から白く細い首筋、柔らかな胸、靴を脱がせた足の指の先までも。私の手で舌で唇で貴女を犯したい。
貴女に触れて欲しいの。
貴女の指を私に絡ませて。貴女の髪の香り、汗の匂いで私を一杯にして欲しい。貴女の体で心で私を包み込んで欲しい。貴女の全てで私を満たして欲しい。
貴女の一番になりたいの___
貴女は可愛いうえにかっこいいから、女の子の私から見ても、とても魅力的に見えるわ。
私だけじゃないでしょう?
あなたに好意を寄せる者は。
入学してから貴女だけを見ていたの!
あの日貴女を見た時からずっと!
衝撃だったの。
雷に撃たれた様だった。
一目惚れだった。
右隣の席になった貴女と話して胸が一杯になれた。
あの日から毎日貴女に会いたいと思っている。
二人きりで一日を過ごしたい。
私だけに愛を囁いて。
私以外の人と話さないで。
優しくするのは私だけにして。
貴女の目で私以外を映さないで。
私だけの貴女でいて欲しい。
これは独占欲?貴女の全てが欲しいの。
エゴイズムなんて知らないわ。狂おしい程愛してる。
嗚呼…、わかったわ。気付いたわ!
どうしたら貴女から愛して貰えるか___
そうよ、殺してしまえば良いんだわ!
みんなみんな全部!
貴女に想いを寄せる人、貴女が親しくする人、貴女が好意を寄せる人、貴女の目に映る人、貴女の声を聞いた人も!
みんな殺してしまえば良いんだわ!
そうすれば貴女は嫌でも私を見てくれる、私を好きになってくれる!
殺してしまいましょう!
貴女の友達が百人居たとして、その内の九十九人を私が殺せば、最後の一人は私よ。
あははははははははははははははははは!!
なんて簡単な事に気付かなかったんでしょう!
私よりも大切にされている九十九人を、この世から消してしまいましょう!
そうすれば“貴女の一番”になれるじゃない!
やっと一番になれる!
やっと私を見てくれる!
私に好意を!
貴女から愛が!
友愛だけじゃないわ!慈しみの愛も!敬いを込めた愛も!親しみの愛も!醜い愛も!狂った愛も!情欲に駆られた愛も!溺れる程の愛も!全部!全部!全部!貴女からの愛が!全ての愛が!愛が!愛が!愛が!あい!あい!愛!愛!愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛と愛愛貴女を愛してる愛愛愛愛が愛愛愛愛を愛愛嗚呼愛あい愛と愛愛愛愛で愛の愛愛愛愛が全部愛してる愛愛愛愛愛愛愛!!!
……貴女からの愛が独り占め出来るわ。
ずっと欲しかった貴女が!
やっと手に届く!
「ひとーり」
左隣の席のクラスメイトを刺した。
「ふたーり」
前の席の友人を刺した。
「さんにーん」
血相を変えてとんで来た教師を刺した。
「よにーん」
立ち上がった後ろの席の恋敵を刺した。
「ごにーん」
悲鳴をあげた斜め後ろの生徒を刺した。
「ろくにーん」
逃げ出そうとした窓際の女子生徒を刺した。
「しちにーん」
助けを乞うた栗毛の生徒を刺した。
「はちにーん」
目に涙を貯めた素行の悪い生徒を刺した。
「きゅうにーん」
異形を見るような表情の生徒を、
「じゅーう!」
あはは!だんだん愉快になってきたわ。
昨日まで仲良くしていた少女も、同じ教室で学んでいた少年も、教えを乞うた教師も!
貴女を遺してみぃんな赤い水溜まりの中。
返り血を浴びた少女は想い人に言った。
「ねぇ、私は貴女の何番目?」
白い肌に赤い糸を一を引いた。
手に握られたナイフは金属部分が濡れていた。
恐怖に怯え目を見開く少女は、立つことは愚か、悲鳴をあげることも出来なかった。
「私さぁ、わかっちゃったんだぁ」
頬に付いた何人目かの血飛沫を袖口で拭い、ひとつに結った髪を解くと、ふわりと錆びた鉄の匂いが広がった。嫋やかな黒髪は既に朱殷に色付けられているのだから。
「みぃんな殺しちゃえば貴女の一番になれるって」
手に持ったナイフをおしの如く黙る少女の首筋にあてる。
「それでもさぁ、貴女はこっち向いてくれないでしょ」
口元を歪ませて微笑み、耳元で吐息を吐くように囁いた。
「一緒に死んでしまいましょう?」
彼女の目は瞳孔を見開く訳でも、狂気に満ちている訳でもなかった。…ただ、正気で、愛する少女を真っ直ぐに見て、想いを伝えた。
「瑠奈ちゃん、好きだよ」
首筋にあてたナイフに力を込める。
赤い赤い鮮血が噴き出す。
「…やっぱり綺麗だね、凄く綺麗な色をしている」
愛した、いや、愛する少女は瞼の裏の殺された少年に助けを求めた。こぽこぽと赤い血は泡となって声を奪う。伸ばした手は宙を掴み、そのまま向こう側に誘われた。
絶命した少女を胸に抱きしめ、教室の窓枠に手をかける。
「これで一緒になれる…。貴女と私は内腑がぐちゃぐちゃに混ざってひとつになるの。私達の邪魔をする人間はもう何処にも居ないもの」
どろりと勢いを殺して血液の流れる首筋にそっと接吻。深紅に染まった唇と色を失い始めた唇をそっと重ねた。
「…き、す…しちゃった」
年頃の娘らしく頬を赤らめ恥じらう。
唇に付いた血を舐め、味を確かめるように優しく言った。
「これで貴女の一番になれる、なんて素敵な日なのかしら」
数分前に息絶えた級友等を振り返る。
ひくひくと肩を震わせ、硝子窓に映る自分を見た。
__唇を噛んで我慢していたけど無理だわ。
「あはははははははははははははは!!!」
真下の地面を覗き込む要領で体重を冷たい空気に乗せる。
校舎の四階から甲高い笑い声が響き、直後鈍い音がした。
コンクリの地面に少女がふたり抱き合うように血溜まりが出来た。
白い雪が疎らに色付ける世界に紅い花が二輪鮮やかに咲くように…。
ひとりの少女だけが安らかな笑みを浮かべていたことを誰が気付いただろうか。
死の直前で言った言葉を誰が知っていようか。
貴女の一番になりたいの。
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