663・最期の解放
私達に覚悟を問うたクロイズは目を閉じて集中していた。ゆっくりと深呼吸を繰り返している。
「……大丈夫、ですかね」
ジュールの呟きにも答えず何度も息を吸っては吐いてを繰り返す。神経を集中させて心を落ち着かせているみたいだ。やがてゆっくりと目を開けた彼は静かに口を開く。
「――【化身解放】」
クロイズの身体は光輝いて、次第にそれは強くなっていく。視界を覆うほどの光が収まった時には彼はあの時に見せた黒い龍の姿へと変貌を遂げていた。
『さあ、乗るといい』
「……クロイズ」
その目はとても澄んでいた。
死を覚悟していたのかと思っていたし、実際私はそう受け取った。
だけど、今の彼は全てを受け入れているというか……。悟りのようなものを開いているように見えた。
『どうした?』
「なんでもない。行くわよ」
私が乗り込むのに次いでヒューも含めた全員がクロイズにしがみつく。全員が乗り込んだことを確認するように頭を動かして頷いた後にゆっくりと空を飛ぶ。
相変わらずワイバーンとは違った飛行の仕方だ。浮かびながら自分の行きたいところに行く……って感じだろうか。
『攻撃が来るぞ。衝撃に備えろ』
「備えろって……どうすればいいんですか!?」
『しっかりとしがみついていろ』
悲鳴を出すように声を張り上げたジュールに冷静に答えを返しながら速度を上げたクロイズの身体により強くしがみつく。前方を見ると既にあの空中遺跡――グランジェの後方に位置付けていた。
何か砲門のようなものが見える。多分あれから飛んでくるのだろう。大きな光が収束していって……まるで【カノン】のように眩しい閃光が放たれる。クロイズはそれを身体捻りながら避けていって、まるで纏わりついているみたいだ。
『迂闊に攻撃するなよ。我の身体に当たりでもしたら洒落では済まぬからな』
誰かの考えを読む様に先手を打つクロイズ。こんな不安定な場所で戦おうとすれば最悪落ちてしまいかねない。よっぽど無謀じゃない限りはそんな下手な真似はしない。
『激しくなるぞ。振り落とされるなよ!』
一度火が点いた攻撃は激しさを増していく。あの【カノン】とは別の砲台が開いて短い音と共に次々と細い光線を放ってきた。まるで雨のように襲い掛かるそれを器用に掻い潜るクロイズは光線に当たりそうになるとそこだけバリアを張って上手いこと防いでいるようだ。
「くぅ……き、きつい、です……!」
「魔力を身体に回しなさい。それか魔導でなんとかしなさい!」
隣でしがみついているジュールが弱音を吐いている。それを叱咤して自分も同じように体内の魔力を活性化させて前を向く。本当は何も考えずに必死にしがみついた方が安定するけれど、それはしたくなかった。
少しでもしっかりとクロイズの雄姿をこの目に焼き付けておきたかったのだ。
グランジェの砲門は更に六つ開いてそこからは細長い光線がクロイズを追尾する。ぐるりと身体を回転させながら光線を次々と避けるけれど、さっき開いた砲門から放たれた追尾式の光線がカーブを描いて後ろから迫ってくる。
『ふん。その程度、既に承知済みよ』
グランジェに迫りながら後ろに火球の魔導を発動させるなんて器用な真似をしているクロイズには素直に感心する。まるで背中とか尻尾とかに目が付いているみたいだ。追尾型の光線を撃ち落とした彼の身体ががくんと揺れる。
『ぐぅぅっっ……』
「クロイズ!」
『大丈夫、だ! それより
クロイズの口内に魔力が集まり、圧縮されては小さくなっていく。それは【カノン】で見せたれた光線なんか比べ物にならない程に魔力を凝縮して放たれたそれは横薙ぎに一閃され、追尾型の光線を放つ砲門を破壊する。
遺跡が衝撃で沈み込んでいる間にクロイズは更に加速して私達の身体にはより強い負荷が掛かる。
「ちょ……ま……く……」
とうとうジュールが何を言いたいのか聞こえなくなって、風の音ばかりが耳を支配するようになる。それも短いのか長いのかよくわからない時間が経った時に私達は遺跡の上部に辿り着いていた。
「あ、危なかった……」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。だ、大丈夫、です」
『息が整ったら早く降りてくれ。我も長い時間このままではいられない』
二人が呼吸を整えている間に私とヒューは再び遺跡に足を付けた。
「まさか今度は飛んでいる中に戻るとはね」
ジュールと雪風も降りると同時にクロイズは失速しはじめていた。既に限界だったろうに、彼は最期まで己の責務を果たしてくれた。
「……ありがとう。クロイズ」
『ふふ、感謝するのならば後はしっかりと終わらせるのだな。今代の黒の一族として、な』
徐々に離れていく彼を見送る。姿が見えなくなったらもう遺体すら見る事はできない。そんな予感がしてその姿を刻み込む。
それはヒューも同じで、彼の顔は苦々しく歪んでいた。
『あと……は、た……のんだ、ぞ』
どんどん遠ざかっていきながらクロイズは遺言を告げて……その身は力を失ったように地に堕ちていった。
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