656・勝利の余韻(ファリスside)

 ファリスが意識を取り戻した時。そこにはユミストルの核が変わらず鎮座しており、不気味な輝きを放っていた。


(……あれ? わたし、どうなったの?)


 いまいち覚醒が追い付いていないせいで今どんな状況なのか判断できなくなっていた。ユミストルの騎士を倒したファリスはほんの数秒ではあるものの意識を手放していた。迷った事で内部の防衛機構を粗方排除したおかげでその隙を突かれることなく目覚めた彼女はぼんやりとした頭で少しずつ状況を飲み込んでいく。


「そっか。気絶してたのね」


 頭のもやが晴れ渡り、ようやく現状を悟ったファリスは自分の手に握られていたはずの【フィールコラプス】が消失している事に気付いた。


(ああ、なるほど。魔力切れ寸前だったってことね)


 自分の時を加速させたり感覚を鋭敏にしたり……ファリスの魔導は常人では発動すら叶わないほど魔力消費量が多いものばかりで、彼女の元となっている初代魔王ティファリス・リーティアスのように継続能力を重視したやりかたとは真逆な戦い方を得意としている。それ故に抑える事が苦手だ。聖黒族という器に宿る豊富な魔力量が備わってこその戦術と言える。それが今、彼女の足かせとして重くのしかかっていた。


(……課題は後で考えるとして)


 重たい身体を起こし、自分の状態を確認する。身体に魔力を漲らせ、能力が非常に高い人造命具を使用し続け、【タイムアクセル】を連発。更に【シックスセンシズ】を併用させる――。数秒意識が飛んで倦怠感だけで済んだのは彼女だからこそだろう。


「……【人造命剣・フィールコラプス】」


 何度か深呼吸を行って自分の気持ちを落ち着けて発動する。彼女の意志に答えて召喚された剣は少し前に手元に維持されていたものと寸分違わぬ光を放っていて、ファリスは少し安堵していた。

 通常人造命具は一度呼び出したら不変だ。形状を変更するキーワードはあるものの、魔導を発動して具現化する時は自分の目の前に最初に現れた姿でやってくる。それは彼女もわかっていたのだが、人造命具が折れて消え失せた経験を持つ彼女には今回も何かの影響を与えたかもしれない……。そう思うのも無理からぬことだった。


(良かった……)


 心の奥で安堵したファリスは、改めて目の前に存在しているユミストルの核と対峙する。既に何もすることができないのか、静かに輝きを放つだけになっているそれだったが、ファリスは気を引き締めてゆっくりとした店舗で歩みを進めた。何かが起これば即座に反応する――それくらいの意気込みを抱いて徐々に核に近づいて行くファリスだったが、あまりにもスムーズに歩けてしまい拍子抜けしてしまうほどだった。剣を構え、左右を確認して警戒する。

 何か一つでも変わったことがないか? そんな確認のため牛歩になっていのは無理からぬ話だろう。


 やがて【フィールコラプス】の射程圏内に納める事が出来たファリスは静かに刃を立て、上へと剣を振り上げる。

 そこから発生するのは一時の沈黙。何も言わずに静かに呼吸を整える。


(これで戦いは終わる。今思えば随分と時間がかかったけれど、本当にこれで……!)


 いよいよ幕が下りる。そんな土壇場になって実感が追い付いたのか、ファリスの脳内には様々な感情や思いでを想起させていた。


「……さあ、砕けなさいっ!」


 渾身の力を乗せて放たれた剣は一度目は核を傷つける事は出来なかった。騎士やユミストル自身の外装以上の強化を施されているのか、僅かに黒い線がつくだけであまり傷つける事が出来たとは言い難かった。


(予想はしていたけれど、硬すぎるでしょう)


 大きく声を出して宣言した手前、誰かに見られていたらさぞかし恥ずかしい思いをしていただろうなどと考えながらファリスは何度も斬撃を放つ。もはや邪魔をする敵はおらず、外に排出されたゴーレム達の相手はリシュファス軍とオルド達が務めている為、戻ってくることはない。騎士を倒されたユミストルの核は身を守る術を持たず、ただひたすら攻撃にその身を晒すだけの存在に成り下がっていた。


 ファリスにとっては剣を振り続けるだけの作業ではあったが、【フィールコラプス】にのみ魔力のリソースを割けばいいのだから先程の激しい戦闘に比べたら非常に楽だと言えるだろう。むしろ退屈すら感じ始める始末だ。実質騎士との戦いが最終決戦と呼ぶに相応しい。


 ――


「はぁ、はぁ……ま、まだ壊れ……な、い……の?」


 ただでさえ今までの戦いで疲労が重なり、ここにきて単純作業で訓練のように剣を振り続けるだけの事に苦痛を感じていた事実に加え、終わりが見えるがそれが遠い。消耗した身体には限界を感じていたのだ。

 後どれだけ剣を振れば……と思いはじめていた時に核からぴしりと音が響き、立て続けにヒビが入り始める。


「……!」


 やっと見え始めた終わりの兆候にファリスは笑みが零れ、より一層強く斬撃を放つ。


 ……それから何も考えずにただ無心に攻撃を続け、核を破壊するまでに至ったのはそれからずっと先の話だった。

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