635・深い闇の底

 魔導具で灯している明かりで足元を確認しながらゆっくりと降りる。それなりに長い距離を歩いた私達は、ようやく下り階段じゃなくなった頃。遠くの方に強い光が見えてきた。


「いよいよって訳ね」


 薄暗い道を進んできたからやたらと長く感じてしまったけれど、これからが本番だ。私の気配を隠す魔導は明るい場所では作用しない。慎重に行動すべきだ。自ずと足音を立てずに歩いて行く。徐々に光が近くなっていき――


 ――


 目的の場所に出て、私達がまず目にしたのは外と見間違えそうなほど明るかった。正直外に出たのかと思ったくらいだ。


「一体どうなっているのですか……?」


 ジュールが困惑した声を上げている。もちろん私も戸惑いを隠せない。太陽の光と間違えそうになるけれど、多分……古代の遺物かなにかだろう。それしか考えられない。


「ヒュー、貴方はこれは知っていましたか?」

「知る訳ねぇだろ。俺達がいた地下をお前も知っているだろうが」


 雪風が唖然としながら問いかけたそれは、ヒューの若干苛ついた言葉に消されてしまった。彼もこんな非現実的な出来事についていけないようだ。


「とりあえず静かに――」

「あれ、あんた」


 出来るだけ見つからないように行動しよう……と言おうとした瞬間にこれだ。視線を向けると明らかにダークエルフ族の男性が驚いた様子でこちらを見ていた。


 ――どうする?


 見たところ戦闘要員ではない。戦いを経験した事のない一般人という身のこなしだ。幸いにも三人とも自然を演出しているのであろう大岩のおかげで見えない位置にいて、私だけが目に留まっている状態。ちょっと怪しいけどどうにか誤魔化すことも出来そうだ。


「あれだな。過激派の連中が作っているっていう……えーと……なんだっけか」

「……複製体?」

「ああ、そう。それだ」


 どうにも今まであったダークエルフ族とは全く違って調子が狂う。相当悪質な戦闘種族っていうのが印象だったのに、彼はどこにでもいそうな感じだ。


「それにしても本当に精巧に出来てんだな。これが昔の聖黒族って奴か」


 ははは、と笑いながら気さくそうに私に近づいて……突然思いっきり髪を引っ張ってきた。


「っ!」

「何を――!!」


 後ろで非難する声が聞こえてきたけれど、多分ヒューが止めたんだと思う。殺気だけがこっちに伝わってくる。それを全く気にしていない男は無遠慮に髪をぐいぐい引っ張っている。


「ははは! 本当に何しても大丈夫みたいだ! ほら、そうだろうが!」


 私が抵抗しない事を理解すると、そのまま腹に蹴りを入れてくる。それも何度も。

 その度にジュール達が余計な事をしないように祈りながら痛みに耐える。魔力を身体に巡らせ、強化している為さほど痛くはないが、ここまで屈辱的な出来事は初めてだ。


「この! お前らが俺達を蔑みやがって!」


 感情で喚き散らしながら顔も腹も殴られ蹴られ、恨みつらみをぶつけられる。結局解放されたのは彼が腕の痛みを感じて多少満足した時だった。


「ちっ、気に入らん。クソガキが効いてませんってか!」


 ……どうやら私の勘違いだったようだ。よほど深い憎しみが溜まっているのか、地面につばを吐き捨ててどこかにいってしまった。残されたのは傷ついた私。それと今にも襲い掛かりそうな雪風とジュールを力尽くで抱きしめるように止めるヒューだけだった。


 力が緩んだところでジュールは無理やりヒューを引き離して苛立つ視線を彼に向けた。大声を出さないところをから冷静な部分は残っているようだ。


「……ここで騒ぎを起こしたら他の奴らがやってくるだろうが。今から皆殺しにするんだったら話は別だけどよ。そうじゃねぇだろ」

「ですが、主君にあれだけの狼藉を働かれて黙っていられる訳がありません……!」


 雪風がジュールの気持ちに同調しているようで、私がもっと酷い状態だったら今にも飛び出して斬りかかっていただろう。


「……私は大丈夫だから」

「ですが……!」

「一々気にしても仕方ないでしょう。私達の目的はダークエルフ族が隠し持っている奥の手を破壊してこれ以上被害を増やさない事にもあるの。彼らの事はいつでもどうとでも出来る。だから落ち着きなさい」


 個人的な恨みなんて後からいくらでも晴らすことが出来る。だけど必要以上に騒いで私達の目的を気付かれては厄介だ。


「とりあえずこの布をかぶってください。そうすりゃ少しはマシになるでしょう」


 ヒューは館から出た時に持って来ていたリュックから私の身体が覆える程度の黒い布を取り出して渡してきた。あまり好みではないけれどないよりは……といったところか。


「今はティファリスの姫様の為に耐えろ。何かあったら今度は俺達が殴られる。そうすりゃいいだろ」

「……わかりました。ティファリス様、今度は必ずお守りします」

「わ、私もです!」


 不満はあるが、ここで爆発させるわけにはいかない。なんとか自分の気持ちに折り合いをつけた二人は今度こそさせないと力を入れていた。ここで私の名前を口にしたのは正解だった。


「ありがとう。頼りにしているわね」


 とりあえずなんとか二人を宥める事が出来た。まだ幸先は不安だけど……なんとかなるだろう。……多分。

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