624・戦いを終えて

 ジュール達が戦場に戻っていってしばらくしてイレアル男爵軍の方から白旗が挙げられるのが確認されたと伝令兵が報告してきた。ほどなくして彼らの側から使者が現れ、全面降伏する事を告げてきた。

 ポレック伯爵はそれを受け入れ、速やかに武装解除を指示した伯爵の言葉は速やかにイレアル男爵軍に拡散していって、兵士達の目の前で武器を投げ捨て両手を挙げる者まで現れる始末だった。


「……どう見ますか?」


 今まで散々やってきた相手がちょっと不利になったからって素直に敗北を認めるなんて想像もつかない。だったら初めから私に喧嘩を売るような真似をしなければいいのに……。そんな風に考えるのはきっと私だけではないはず。ポレック伯爵も似たような考えなのだろう。悩む様に唸っていた。


「そうですな。罠……である可能性も考えた方が良いでしょう。しかし、ここは降伏を受け入れようと思います」

「罠なら正面からねじ伏せる。そういう事ですか?」

「いいえ」


 私とポレック伯爵は同じ考えだと思っていただけに問いかけに否定されるとは思ってもみなかった。こういう場合は何かあった時の事を考えて備えておくか、一気に飛び込んで敵を排除するかだと思っている。


「エールティア殿下のお考えは何も間違っておりません。国を、友を裏切った者達です。何も策を弄していない訳がないでしょう」

「そう思うならなぜ?」

「私が人の善性を信じているからです。我らは女王陛下を守る為の剣。本来であればイレアル男爵を許すわけにはいかないでしょう。しかし、何も聞かず信じず相手を殺す――それでは彼らと同じ事をし返しているにすぎません。彼らも元々は女王陛下の加護を受けていた者達。過ちを正そうとする機会を奪ってはいけないのです」


 ポレック伯爵の言葉は理解できる。ファリスやヒューも元々は敵対関係にあった。ダークエルフ族に与していた事。それ自体が重罪だと言われる日が近いうちに来るだろう。もちろん、私がなんとかするだろうけどね。だけどそれはあくまで私が彼らの事を認めたからだ。今回とはまた違う。


 渋い顔をしているとポレック伯爵は穏やかに微笑んでいた。


「今はわからなくてもいいのです。人を許そうとする行為は中々難しいですからね。ですがいつか必ず殿下にもご理解いただけると信じております」


 最後に笑みを浮かべてポレック伯爵は兵士達に様々な指示を出し始めた。その横顔は凛としていて、先程までの穏やかさはなりをひそめていた。


 その顔はどこかお父様を思い出させる。邪魔をしないようにそっと見守りながら伯爵の言葉について考える事にした。


 ――


 イレアル男爵軍と決着がついて既に三日。私達は現在も構築した陣地でささやかな休息を取っていた。

 幸いにもこういう生活に慣れてきたし、昔も似たり寄ったりだった。どうせまだしばらくはこんな感じなのだろうし、ここは……まあ多少は昔に感謝といったところだ。


「ティア様、おはようございます」


 私が起きる頃合いを見計らってテントの中に入ってきた。彼女は戦いに戻った後、数々の兵士達を葬っていたとか。とても嬉々として戦っている姿が凶暴に映ったらしく、味方の兵士にも若干引かれていた事を後で雪風が教えてくれた。きっと私の役に少しでも立とうとした結果だろう……らしい。


「おはよう」


 にこりと微笑むだけで少し頬を赤く染めて嬉しそうにしている。これだけで喜んでくれるのだからこちらも嬉しくなるというもの。


「今日も伯爵様との話し合いですよね」

「ええ。だから用意が出来たら後は自由に過ごしなさい」

「はい!」


 相変わらず元気がいい。それとは逆に私の方が少し憂鬱だ。

 戦いが終わって既に三日。流石に直後は皆疲れも溜まっているからという事で休むことになったけれど、それから先はこうして話し合いが行われていた。


 ポレック伯爵の方でも領地外の情報収集に徹しているようだけど、今はまだ特にこれという情報は上がってきていない。強いて言えば反乱軍が劣勢を強いられており、こちらの援軍を必要としていない……といったところだ。むしろそんな事をする暇があるならダークエルフ族の侵略に備え、自領の民達を守れとわざわざ使者が伝えに来たほどだ。どうやら他の領地にも同じように触れ込みまわっているらしくて、伯爵が言うには今回の反乱など、ティリアース王家にとってはほんの些細な出来事にしか過ぎないと諸外国にアピールするためものでもあるとか。


 この程度の事で弱体化したと思われては心外だったのだろう。お父様が前線に立って活躍しているらしく、使者がイレアル男爵軍の戦いで私が最前線で活躍したという話を聞いた時――


『流石リシュファス公爵様の血を引いていらっしゃる。兵士達と共に立ち、悠然と戦場を統べるそのお姿。私も拝見したかったです』


 と言われた事については嬉しかった。こんな事に思うのも変な話だけど繋がりを感じたのだ。


「お待たせジュール。それでは行きましょう」


 着替えも終わり支度を整えた私はジュールを引き連れてポレック伯爵が待っているテントへと急ぐ。お父様が頑張っているのだから私も頑張らなければ。そんな想いを胸に秘めて。

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