623・駆けつける者達

「おお、エールティア殿下! よくぞご無事で……」


 すっかり『殿下』呼びが定着してしまった。次期女王『候補』に過ぎないのだけど、相手がいないから必然的に王太子のような立場になっているからだろう。


「ポレック卿、そんなに涙を浮かべないで……」

「何をおっしゃいます! やはり貴女様を見送らず、私達で制圧する事が出来れば……。そんな想いが何度こみ上げてきた事か!!」


 くくぅっ! とか変な声を出しながら涙を流している彼の姿を見て、もう少し戦場で戦えっていればよかったと思えてきた。兵士達の目もあるから一度こちらに戻ったのだけど……まさかここまで感情を露わにされる事はないと思っていた。


「そんな大げさな……」

「大げさではありませんぞ! ご自身が背負っておられるものの重さをもう少しご自覚してください」


 そうは言われても……と思うけど、ここでそれを言ったら更にお説教が待っているような気がした。私はこんな性格だからどうしようもない。基本的に前に出ていた方が気が楽なのは事実なのだから。


「善処するわ」


 どこかの偉い人が適当にいなすときに使う魔法の言葉を唱えると不思議な事にポレック伯爵はそれでとりあえずは納得してくれた。結構便利な言葉だな……なんて思っていると、背後から声が聞こえてきた。


「ティア様!!」


 振り向くとそこにはうるうるとした瞳のジュールがいた。後ろにはヒューが控えていて面倒くさそうにしている。大方騒いでいたジュールの付き添いという形で来たのだろう。


「ジュール。前線で戦っていたはずじゃないの?」


 私の事を誰かから聞いた彼女が飛んでくることくらいは想定していたけれど、まさかヒューまで連れてくるとは思わなかった。


「それは……その……」

「エールティア様がお戻りになられたからな。気になって仕方がなかったんだろう」

「ヒュ、ヒュー! 余計な事を……!」

「はっ、どうせわかるんだから問題ないだろう」


 ジュールが恥ずかしそうに睨みつけているけれど、ヒューは全く気にも留めていないようだった。私でも予想出来ることだから気にする必要ないと思うのだけど……まあいいか。


「は、ははは……迷惑、でしたか?」

「そんな訳ないでしょう。雪風はまだ前線?」

「ああ。御身が無事な事なんてわかりきっている事だったからな。ジュールが様子を見に行くのはわかっていたからまだ前線ではりきっているよ」


 雪風もこっちに来たいと思っているだろうし、彼女らしい選択だ。だからこそ頼りになると言える。


「そう。なら私も――」

「姫様は少し休んでな。あれだけ働いたんだ。下々の者にも多少功績を上げる機会を与えて欲しいところだ」


 私ばかり動き回るものだから皮肉じみている。まあ、言っている事は当然か。


「そうね。じゃあ私も少し休ませてもらおうかしらね。二人は前線に戻って敵陣を制圧。それでいい?」

「ああ。ありがとうよ」


 ヒューは効きたいことだけ聞いてさっさと行ってしまった。


「あ、ちょっと待って! そ、それではティア様、私、頑張ってきますね!」


 ジュールは行くか行かないか迷っていたけれど、ヒューが行くと決めたところから自分も前線に戻る決意をしたようだ。こういう時彼女単体だったら結構渋っていただろう。成長を改めて実感させられる。


「よろしかったのですかな?」


 走っていく二人の背中を見つめながら感慨深い思いをしていると、ポレック伯爵が隣に立っていた。まるで初めて娘を見送る父親のような顔をしている。……私もそうなのかもしれない。


「ええ。何でも私がしてあげるだけじゃ、三人とも成長しないものね」


 私は基本的に前線で戦っている方が性に合っている。誰かに守られるより、自分が完膚なきまでに叩きのめして自分自身を守る方が楽だからだ。だけどそれは私がずっと一人だったからだ。だけど今は違う。今は私以外にもジュールも雪風もファリスもいる。一人じゃないのだからみんなの事を思っていかないとね。


「その通りです。何でも上の者が。能力の突出している者がやればいいという事ではない。誰もが活躍の場を与えられて然るべきだ。例えそれで死ぬことになろうとも、兵士として戦いに赴く以上、それは当然の事」

「……そうね」


 ポレック伯爵の言う事も当然だ。ティリアースでの地位の高い者達の考え方は大方それで、力があるからこそ成果を挙げ過ぎるべきではない。という感じだ。下の者にも成長や戦果を挙げる機会を与えなければならない。成長失くして繁栄なし。というのが女王陛下の考え方だった。


「なら私も出来る事をしましょうか。負傷した兵士達のところに行ってもよろしいですか?」

「もちろんです。エールティア殿下がいらっしゃれば彼らも活力を湧き上がらせるでしょう。誰か!」


 ポレック伯爵が大きな声で兵士を呼ぶとすぐに一人やってきた。


「エールティア殿下が負傷した者達の傷を見て下さるそうだ。案内しなさい」

「はっ!」


 一瞬困惑した表情を浮かべていた兵士の考えはよくわかる。彼らにとっては私は戦いの象徴であっても傷を癒すことが出来る事は想像できない。ポレック伯爵はすんなり受けれ入れたから知っているのだろうけど、そんな事が一々彼らに伝わっている訳もないか。


 それでも案内してくれる彼はよくできた兵士だと思う。そんなによくしてくれる彼らの期待に応えない訳にはいかないだろう。

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