599・複製聖黒族の戦い

 先に動いたのはヒューだった。クロイズに近づいた彼は迷うことなく大振りの一撃を放つ。いきなり隙の大きな攻撃をした彼に疑問を抱いている様子のジュール。この子と戦うときはこんな風に剣を扱わないのだろう。雪風は冷静に見守っているから経験しているようだけど。


「【――――】」


 何かぼそっと呟きながら振り下ろされた剣。クロイズは当然のように視線を武器の方に向いていて、難なく避けて反撃に移ろうとした――瞬間に何かに引っかかったように動きが止まってしまう。


「……ほう」


 楽しそうに声を漏らすクロイズの視線の方向には彼自身の影。それに大きな杭が深々と突き刺さっていた。昔見た【シャドーステーク】なんかよりもずっと大きく、魔力が強そうな杭だ。大剣の方に視線を集中させて囁くような小声で魔導名を唱える。中々上手い戦い方だ。感情の昂りで唱える事が多いから大声になりやすい。イメージを膨らませて感情を込めれば自然と魔導の威力も高まるからだ。もちろん何事にも例外は存在するから一概には言えない。


「中々面白い事をしてくれる。もっと見せてもらおうか」


 楽し気に笑うクロイズの頭上で黒い槍が数本出現してヒューへと襲い掛かる。


「え!?」

「な、なんで……!」


 私の近くで驚いた声を上げた二人のおかげでこっちはあまり何も言わずに済んだ。いきなり襲い掛かってきた黒い槍にヒューもいつもの面倒そうな顔から信じられないものを見る目をして後方に下がりながら回避に徹している。通常――というよりも普通魔導は言葉できちんと発音出来ないものはまともに発動する事が出来ない。イメージを現実世界に反映させるのに言葉を用いているからだ。魔法はまたちょっと違った理由で唱えなければならないんだけど、こんな風にいきなり魔力を帯びた攻撃を扱う事なんて出来るはずがない。だから私も含めてクロイズの戦い方が信じられないのだ。


 今もそう。クロイズの頭上に光球が出現したかと思うと、激しい閃光を周囲にまき散らしてきた。いきなりの強い光に目を閉じた私達。その間何も音がしなかったからどんな戦いを繰り広げているかわからなかったけど、光が和らいでいくのを感じて大丈夫だと判断した頃に恐る恐る目を開ける。しかしそこには先程と変わらない様子の二人がそのまま立っていた。


「……何のつもりだ?」


 不機嫌そうに頭を抑えるヒュー。一撃貰ったのかと思ったけれど、どうやら違うようだ。不快そうにしている彼とは別にクロイズは飄々ひょうひょうとしている。


「我が何もしなかったのがそんなに不満か?」

「……当たり前だ!」


 怒りが滲み出ているような声音で大剣を担ぎ走り出す。吐き捨てるように振り下ろされた一撃をクロイズは軽々と避け、交差すると同時にヒューの眼前に黒い槍が出現する。薙ぎ払い振り向きざまに――


「【ブラックインパルス】!」


 まるで仕返しだと言わんばかりに黒い衝撃波を放つ。クロイズは上体を低くしてそれを回避する。子供と大人の身長差に加えて態勢が下がれば避ける事も容易だという事だろう。

 それを読んでいたのか間合いを詰めて下から抉るような突きを放つ。頬を僅かに掠めた程度に終わったけど、そのまま振り子のように軽く上に振り、叩き割るような軌道を取った。


「……何をあんなに怒っているのでしょうか?」


 一連の流れ。一撃から感じられる気配にジュールは首を傾げていた。彼女は元々戦いとは無縁の生活を送ってきたからわからないのだろう。戦う理由もヒューや雪風と違って私の為になるから……という理由が大半なのもある。その点雪風はあの状況を自分なりに理解していた。


「侮られている事が見え見えだからですよ。僕だってあんなことされたら……」


 考えるだけ嫌になったのか苦虫を噛み潰した表情をしていた。動きを封じ、攻撃を仕掛けた自分に対抗するように閃光によって影は消え失せた。それだけならまだいいのだが、視界が閉ざされている間は完全無防備なはずなのに、クロイズは一切攻撃をしなかった。それがヒューの自尊心を傷つけたのだろう。

 ……私も同じ事をされたら怒りで我を忘れそうになるかもね。自分が強者だと自負している者こそこういう挑発が響きやすい。普段面倒くさそうな態度をとっている彼だけど、こういう部分もあるんだと場違いな事を思ってしまったけど。


「……ちっ」


 クロイズとヒューの実力は完全にクロイズの方が上だ。超近距離では大剣の動作は隙を生みやすい。クロイズはそれを理解してヒューに合わせるように適切な距離を保っているのだ。何度もあった距離を詰める隙も狙わずに適当に魔導(と言えるのだろうか?)を放っている程度だ。まるで大人と赤子の喧嘩。

 次第に斬撃は大振りになっていき、ヒューの息は上がっていく。最初の怒りが彼の足を引っ張っているのが原因だろう。あまり魔導を使わない性質なのも問題なのかもしれない。


 しばらく戦ったヒューは何を想ったのか動きを止めた。それと同時にクロイズも動くのをやめ、彼の動向を見守るような調子になっていた。静かにお互い見つめ合う。僅かに肩が上下するクロイズと相対するように荒い息で呼吸を整えるヒュー。


「……やめだ」


 それだけで呟いてヒューは構えを解いてしまう。この瞬間、彼らの勝負に決着がついた。……なんの反論もなくクロイズの勝利で。

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