589・そして彼は現れる(ファリスside)
一度は崩れかけていたティリアース・シルケット軍だったが、ファリスの帰還及び怪物討伐によって士気は再び盛り上がる。むしろ最初よりも向上しているようにすら思えた。複製体とはいえ聖黒族の少女。それでもたった一人では限界があるはずだ。誰もが心の中で思っていたことだ。多かれ少なかれ、そんな状態で人を信じるのは難しい。しかし、少女は行動で示した。自分こそは聖黒族であり、何も怯える必要はないのだと。
目の前を常に先導する少女は先ほどの戦い方から変わっていった。以前は相対した先に存在する王都軍の被害を可能な限り抑える為の動きだった。しかし今はそんなことなど気にしていない様子で次々と広範囲を攻撃する魔導を放っていた。
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桜の花びらは血で染まり、優雅に舞い上がる。
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地面から門が浮き上がり、開かれた扉の中から紫色の蝶が飛び回り、数多の舞い散る桜の中で敵の魂を抜き出し、鬼人族に信じられているあの世への道――
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逃げ惑う敵兵を青白い火の玉が追い回し、触れた瞬間に爆発する。それはまるで一人では死にたくない魂が道連れを探しているようにも思える光景。それら全てが少女一人によって具現化されていた。
あまりにも美しく、どうしようもなく残酷で、目が離せない程幻想的な光景。一種の聖域に近い場所を踏み荒らしていくのはティリアース・シルケット軍の兵士達だった。最初は彼らも戦々恐々していた。当然だ。これほどの魔導にデメリットが存在しないわけがない。しかし実際はこうして問題なく進軍する事が出来る。以前のファリスでは叶わなかった事。それがここに来て一気に増えている証だった。
新しく加わった【
その中を歩くとある兵士は美しいと言い、また別のある者は恐ろしいと思っていた。ダークエルフ族の連中は蝶や花びらに命を奪われていく。そんな中――突如として大きな光線が迫ってきた。
「総員、防御態勢!!」
前線で主軸となっている兵士達は盾を構え、防御関連の魔導を発動させ、敵の魔導である光線を防いでいた。先程の幻想的な光景を掻き消す程の白い光が襲い掛かり、盾役の兵士達は防具や結界がぎしぎしと音を立てるの聞きながら戦々恐々していた。いつ自分達の防御が突破され命を奪われるかわからない……そんな緊張感に包まれていた。
「……『ソウルブレス』【ディフェンスパワード】!!」
前線の兵士達が死を覚悟した中、空を裂くような声が響き渡る。今まで守りに回っていた兵士達に淡い光が纏わりつき包み込む。その瞬間に歓声が上がる。彼らは瀕死の状態で運び込まれた男の姿を見ていた。誰よりも最前線で戦い、思わぬ反撃を受けて戦線を離脱した男の事を。
「みんな、背後はぼくがなんとかするから……頑張るにゃ!!」
そこには復帰したベルンの姿があった。凛として佇む姿は重傷を負って弱っていた彼とは全く別人のようにも思える。兵士の誰もが戦線復帰した彼によって後押しされただろう。実際は治療系の魔導を最低限かけてもらい、なんとか立つ事が出来ているような状態なのだが、それを他の兵士達に悟らせない為に振舞っていた。
淡い光に包まれた兵士達は先程までぎりぎり耐えきれるかわからない状態だったのが、ベルンの支援を受けたおかげで難なく耐える事が出来た。盾はより強固になり、バリアーのような結界はひび割れ脚気ていたのが嘘のように修復されていた。
光線に耐えきった兵士達は一気に進軍する事を決意する。いくらベルンが復活したとは言ってもそう何度も耐えられないと思った指揮官の判断だった。
「進め!! ダークエルフ族共を倒し、王都を取り戻せ!!」
「「「おおおおおおおお!!」」」」
雄叫びを上げながら進む兵士達に次第にダークエルフ族も圧され、本気の抗戦を始める。幾つも放たれた光線のせいかファリスが魔力を温存しだしたせいかはわからないが、彼女の発動していた魔導は次第に収まり、本格的にぶつかり合う事になった。もはや怪物はいない。ファリスが発動していた広範囲の魔導も収まり、残ったのは純粋な力比べと言ってもいい戦い。オルドの指示により残った兵士達は精一杯の大声をあげて突撃する。攻撃系の魔導を中心としていたベルンが支援系の魔導に切り替えたおかげで落ち込んでいた兵士達の士気もあがり、じわじわと圧し返している。ファリスやベルンといった単一の存在が戦い、一気に戦況をひっくり返すようなものではない。魔導や剣の応酬。数多の一般的な兵士達の命のやり取りがそこにはあった。
そこにベルンの支援が加わり、無感情の兵器達に一切怯む事を見せず、魔導が得意な種族。近接戦闘が得意な種族でそれぞれの特性を持つ兵器を排除していく。今まさに一丸となった彼らの姿がそこにあった。
一方ファリスは――遠くに見えたダークエルフ族の集団を追いかけていた。
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