588・選ぶのは自分(ファリスside)

 いつ、どこから現れたのかさっぱりわからないファリスに対し、オルドは感動し、ワーゼルは戸惑いを隠せなかった。


「ファリス様……なんですよね?」

「当たり前でしょう」


 つっけんどんな返し方をされたが、ワーゼルは次第に事の重要さを受け止めはじめ、最終的に感極まった状態でファリスの元に向かって駆け出す――のだが、肝心の彼女はどこかバツが悪そうに同じだけ後ろに下がった。


「……あの、ファリス様。どうかしたのですか?」

「……別に。それより、今はどういう状況?」


 適当にいなしたファリスは戦場がかなり後退しているのを感じていたからかオルドにそれを聞きたいがための問いだったが、オルド自身は情けなくなってしまったせいか顔を伏せてしまった。


「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……」

「今はそれよりもこの場を立て直す方が大事でしょう。さっきの化け物共はわたしが引き受けるから、貴方は一刻も早く立て直してこの苦境を乗り切りなさい」

「む、無茶です! いくらファリス様が強くても……」


 ワーゼルが思わず止めるが、肝心の彼女はどこ吹く風。むしろ今まで何を見ていたのだ? と思っているような視線すら向けていた。


「わたしなら問題ない。あれくらいなら敵じゃないもの」

「で、ですが……」


「……わかりました」

「た、隊長!? ……はあ、わかりました」


 神妙な面持ちで状況を理解したオルドの一言。最初は信じられないと声を上げたワーゼルだったが、どうしても引っ込みがつかないこの状況ではあっさり折れるしかなかった。彼にも現状が多少理解出来ていたのだから。


「私は残存戦力を集めて一気呵成かせいに攻め入る。それでよろしいですね?」

「ええ。問題ないわ。後はよろしく」


 それだけ告げてファリスは【アグレッシブ・スピード】を発動させて一気に走り出す。次の獲物を求めて走った彼女に迷いは既になかった。戦況はがたがたであり、これ以上の戦闘行動はかなり厳しいものがある。しかし希望はまだある。それを為すには怪物どもの排除が必要不可欠であり、現状それを成し遂げられるのはファリス以外ありえなかった。


 だからこそファリスは引き続きオルドに軍勢を託す。彼ならばなんとかしてくれる。自分はただ敵を斬り伏せるのみだと。


 しばらく走って次に見つけた怪物にターゲットを絞り込む。相変わらずティリアース・シルケット軍を蹴散らしているが、ファリスには全く気付いていない様子だった。


「【タイムアクセル】……!!」


 新しい魔導が更に進化した状態。まだ不完全にしか扱えないが、かなり距離を詰めていた状態からなら魔力を注ぎ続ければ問題なく効果時間内に懐に入り込めると判断したからこそだった。


 周囲の動きが急激に遅くなってきたのを肌で感じる。自分が周囲から取り残されたと思うほどの感覚。その中をファリスただ一人が通常の状態で走る。狙いを付けられた敵はまだファリスの事に気付かず、緩やかなモーションで兵士達を相当しようと爪で薙ぎ払いをしていた。


「さようなら」


 魔力がガンガン吸われていくのを感じ、軽くめまいがするのを堪えながら怪物の身体を一刀両断に伏す。それと同時に切られた部分が黒ずみ、さらさらと緩やかに砂粒が消えていく。やがて【タイムアクセル】が解除されたと同時に時が動き出し、怪物は瞬く間に崩れ落ちる。


「あ、な……?」


 一体何が起こったのかさっぱりわからない様子の兵士達。唯一わかるのは自分達を蹂躙していた化け物がたった一人の少女に斬り伏せられたことだけ。にやにやと笑っていたダークエルフ族は凍りつき、崩れ落ちる者まで現れる。当たり前だ。あの怪物共は彼らの楔から解き放たれており、敵味方の区別以外の制御がまるで出来ない存在だった。自分達が何十人いても制圧出来ないだろうものを、目の前の少女は僅かな時間で制圧してしまった。その現実に頭がついていかないのは無理もない。


「ファ、ファリス……様?」

「全兵現時刻をもって戦線離脱。オルドが指揮を取っている中央に集まりなさい」

「し、しかし……!」


 散々蹂躙され、既に戦意を無くした者までいる。もはや戦うことなど到底出来はしない。それほど彼らは打ちのめされたのだ。その追い縋る瞳を少女は一蹴した。


「嫌なら好きにしなさい。そこで無意味に死んで、出来損ないのようにくたばっていればいい。どんな選択をしても、それで貴方が死んでもわたしには全く関係ない」


 突き放した言い方だが、それはある意味事実だった。ファリスにとって彼らなどどうでもいい。生きるも死ぬも自由だ。しかし――


「選ぶのは自分自身。だからわたしは道を拓く。後に続く者のために。他ならぬ、わたしが選択したことだから」


 例え死を待つと諦めた者でも救えるものなら救ってもいいと思っていた。それはぶっきらぼうな彼女のやり方だった。

 駆け出した少女は目の前に残された敵を殲滅せんと動き出す。本人もかなり限界に近いのにも関わらず。


 それは心が折れた兵士達に少しずつ伝染していき、戦意となる。


 大きな波に飲み込まれかけた時、戦局は再び動き流れる。ファリスの帰還。それがなによりも重要な一手だった。

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