532・戦略に悩む少女(ファリスside)

 伝令兵から王女様救出依頼を引き受けてから数日。ファリスは戦い意外に使わない頭を捻りながら考えていた。あれから恐らくリュネーが捕まっているであろう場所を聞きだしたのだが……候補が数か所あり、絞り切れない状況だった。

 ダークエルフ族は王城から少し離れた場所に陣を構えていて、ちょっとした砦を建築しているようだった。捕虜になった者達はその建築に使われており、日に日に強固な作りになっているそうだ。他にも周辺の村や町を占拠して簡易的な拠点として扱っているとこもあり、そこには捕まった者達を収容する施設が存在する。通常の戦争であれば、リュネーがいるのは堅強な砦で間違いない。しかしこれはあらゆる種族を恨んでいるダークエルフ族が始めた戦争。他種族の王位など気にする事もないだろう。そうなれば他の捕虜と何ら変わらない扱いを受けている可能性が非常に高い。一つずつ調べていくのもいいかもしれないが、合わせて六つ程ある拠点を気付かれずに制圧し続ける事は不可能だ。一つ攻略するごとに人質の安全はかなり減る。下手をしたら処刑されるかもしれない。速やかにかつ的確にリュネーのいる場所を特定する必要があったのだ。


 事態の深刻さに気付いたファリスは、まだここに滞在しているアイシカとガルファの力を借りる事にした。勝手に使った事を咎められるかもしれないとすぐさま行動に移そうとするファリスを諫めたルォーグの提案により、ベルンとシャニルに手紙を送り、許可を得た上で彼女達を送り出した。潜入に長けている二人だからこそ引き受けてくれた任務であったが、並の隠密であれば例え主君の命令だとしても素直に応じる事は出来ない者もいただろう。

 ダークエルフ族は残虐であり、他種族を魔導の実験体として使う事も厭わない非人道的な種族である事は伝わっているからだ。初代魔王の時代では数々の種族に隷属の腕輪を着用させ、その尊厳を奪った。珍しい種族であればあるほど凄惨な目に遭い、裸のまま死ぬまで立たされていた――なんて事は可愛い方である。自らを最高の種族として信じて疑わない愚か者だからこそ、捕まれば何をされるかわからない。恐怖の方が強くなるのも無理もない話だった。


 そんな恐怖にすら立ち向かえるアイシカとガルファは、忠誠心あつい臣下と言えるだろう。

 二人を送り出し、ファリスが悩む事といえばその後の手順だった。


 無事にリュネーを救出するには潜入スキルが高くなくてはいけない。何でも出来るエールティアとは違い、ファリスは攻撃一辺倒だ。多少は身を潜める魔導を扱えるとはいえ限度がある。監視が厳しかったり敵兵の数によってはそれだけで強硬突破以外の道は存在しない。しかしそうなれば人質を盾にされるリスクも高くなり、リュネーが死ぬ可能性を増大させる。辿り着いた後の安全確保にも人員を割かなければならない上、アイシカとガルファは他にも役に立ってもらわなければならない。彼女達の潜入方法がダークエルフ族にバレてしまうのはベルン達にとってはあまり好ましくない事態だ。送った手紙の返事に念押しするように書かれていたため、二人を使って潜入する訳にはいかない。残された道は非常に少ない上、ダークエルフ族が使っている拠点は元々あった町や村を占拠したものが多いため、彼らが良く用いている地下道を使用した方法も行う事が出来ない。


 あれこれと様々な案が脳裏をよぎり、その分だけそれを否定する材料も浮かんでくる。一人で考えても埒が明かないと判断したファリスは、自然と足がルォーグのテントへと向いていた。

 以前はあまり信用していなかった彼であるが、この前の作戦で少しは彼の事を見直していた。未だに名前すら覚えていなかったが、顔は覚えるくらいには彼の事を認識していた。



 布をめくる音共にゆっくりと扉を開いたファリスは、暗いテントでランプの灯りを頼りに読書に勤しんでいるルォーグの姿を見て、夜も本を見ているなんて……と少し呆れた表情をしていた。

 別に静かに入った訳でもないのだが、ルォーグは全く気付かずに本に夢中のままだ。


「あの……」


 未だに名前を覚えていないファリスは、とりあえず適当な声を上げる事にした。誰もいないはずだと思っていたルォーグは不思議そうに顔をあげ……ファリスの姿を見つけ、固まってしまう。


「ファ、ファリス様? 何故ここに?」


 まさか毛嫌いされている自分のテントに来るとは思ってもいなかったのか、どぎまぎした思春期の少年みたいな反応をとってしまったルォーグだったが、ファリスが神妙な面持ちでいるのがわかると徐々に感情が収まり、冷静になっていった。


「相談したいことがあって、ね」

「……わかりました。夜は長くなりますからお茶でも飲みながらゆっくりお話ししましょう。時間が掛かりますから適当に寛いでお待ちください」


 本を閉じて緩やかな動作でテントの外に出たルォーグを見送り、ファリスは言われたまま適当に近くにあった椅子に座って彼を待つことにした。来客用のテーブルと椅子。それと作業がしやすいように執務用の机にベッド。テントとはいえそれなりの階級にいる彼にしては随分簡素な内装だ。ごてごてしたのが嫌いな彼女にとっては好ましい感じで、少しずつ気分が落ち着いていくのがわかる。そんな調子でルォーグがお茶を淹れてくるまでの間、何もせずに待っているファリスなのであった。

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