533・夜中の作戦会議(ファリスside)

 戻ってきたルォーグが持っていたトレイにはティーポットが一つとカップが二つ。それとお茶に合いそうなシルケット特有のお菓子を載せた皿があった。

 ファリスが座っている椅子の近くにあるテーブルにそれらを載せ、慣れた手つきでカップにお茶を注ぐ。


「これは……」

「そうです。エールティアが愛飲されている深紅茶ですよ」


 見慣れた深い紅の液体に気付きの声を上げたファリスに対し、ルォーグは楽しそうに目を細めていた。エールティア――というよりも聖黒族は基本的にこのお茶を愛飲している。最初は初代魔王の嗜好しこうによるものかと思われていたが、近年では遥か昔の聖黒族も好んでいたとされる文献が見つかったらしい。ルォーグもその本を読んでいたからか、ファリスが好みそうなお茶を選んだのだった。


「ありがとう」


 まるで自分の趣味趣向を見透かされているようで恥ずかしい気持ちになる。そっと口を付けたそこから広がるのは慣れた苦み。赤に負けないくらいの深い味わい。淹れ始めて間もない初心者では決して出せない代物に、思わずファリスは舌を巻いた。


「美味しい……」

「気に入っていただけて良かったです。それで……一体どのような要件でここまで?」


 つい深紅茶に夢中になっていた彼女を現実に引き戻したのは頰が僅かに緩み、満足そうな声を上げるルォーグだった。


「実は――リュネー姫奪還について意見を聞きにきたの」

「……! 私に、ですか?」


 驚愕きょうがくの表情を浮かべたルォーグに神妙な面持ちで頷いたファリス。彼女を見た彼はその様子にまるでこの世の終わりでも訪れるのではないか? と疑いそうになっていた。

 それもそうだろう。今まで頼ってくれた事など皆無と言っても良かった。小間使いとして働かされることはあっても、わざわざ訪れて意見を求められる事など、普段のファリスからは想像さえつかない程の衝撃だった。


 気付いていないのか気にしていないのか、ファリスは彼女が思い付いた作戦とその欠点を伝え続ける。


「――正直な話、わたしじゃリュネー姫を死なせるかも知れない。でも少数で敵の陣地に切り込むのはわたしじゃないと出来ない……そうでしょう?」


 ひとしきり話し終えた少女は真っ直ぐに感情を打ち明ける。それを一つ一つ確かめるように噛み締め、理解したルォーグは静かに頷いた。


「そうですね。シルケット、ティリアース両軍の中でも最も武に秀でた者でなくては務まらないでしょう。生半可な実力では途中で死ぬ事は必定。ファリス様でなければこの役目はこなせないでしょう」


 少し悩むルォーグは、一瞬何か思いついたような表情をしてすぐにより深く考え込む。


「……何か妙案が浮かんだ?」

「いいえ。もしかしたら敵の拠点に侵入する事は出来るかもしれません。結構古典的な策にはなりますが……」


 言い淀むルォーグに対し、ファリスは続きを促すように視線を向ける。

 その強く訴えかける瞳に負けたルォーグは深く息を吐いて左右に頭を振った。


「……仕方ありません。まず大前提なのですが、ファリス様は気配や魔力を隠す事は出来ますか?」


 言われてすぐに思いつくのは幾つかあるが、今のファリスにその両方を同時に隠匿する事は出来なかった……が、これはイメージの構築を改めてやれば不可能ではない。自分の内側に関する事なのだからある程度干渉する事が出来る。


「不可能ではないけれど、今は無理。新しくイメージを練って魔導を発動する必要はある」

「つまり、そのイメージ自体は練る事が出来る……そう思ってもよろしいのですね?」


 頷いたファリスに「よろしい」と一言呟いたルォーグの説明は続く。


「もう一度言いますが、実に古い手法です。王城への支援物資を届ける振りをしてその中にファリス様が混じる――というものです」


 ルォーグ発案の作戦はそれなりに成功率の低いものだ。まず襲わせるところから始めなければならないし、運よく運んでくれるとも限らない。おまけに途中で開封されてはせっかく隠れていても無駄に終わってしまう。実に可能性の低い話だ。


「それはちょっと……微妙じゃない?」

「しかし、上手くいけばある程度奥まった場所まで行ける事でしょう。正面突破は出来ず、変装なども余程見分けがつかないように出来なければ逆効果。貴女の事ですから隠れることなどは得意ではない。そしてリュネー姫を救い出すには貴女以上の適任者は存在しない……。その上で気付かれずに潜入するとなると、多少の賭けには乗るしかないかと」


 そう言われてしまうと何も言えなくなるのは、ファリスにはこれ以上の案を思いつかなかったからだ。

 元々攻撃寄りの思考の人物だからこそ、ルォーグの案に傾きかけていた。


「現状ダークエルフ族は商人の鳥車を襲っていたり、補給隊を襲撃して荷物を奪ったりを繰り返しているそうです。こちらの弱体化を図ると同時に少なくなっていく自分達の物資を補充するらしいので、襲撃される確率はかなり高いでしょう。問題はその後。上手く内部に入り込めるかはファリス様にかかっていますが……どうでしょうか?」


 しばらく悩む素振りを見せていたファリスだったが、ルォーグ以上の案を出せず、未だに他の者達からの案も提出されていなかったため、ひとまずこの作戦を練って最終的な判断を下す事にした。最悪の事も想定して数人規模で作戦を考えようという段階まで広がって……話が付かなくなり解散となった。発見された場合の事も考えて慎重に選ばなければならない。そこであまり人の顔や名前を覚えられないファリスでは決められないとの判断だった。

 まだまだ先が思いやられる今作戦ではあるが、やっと前進を見せた瞬間だった。

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