497・選択する少女

 お父様との話し合いが終わって、再び戻ってきた別邸。自分の部屋に戻ってソファに深く座ると自然にため息が漏れ出てきた。


 明日行う三度目の会談で私達もどう動けばいいか決まるだろう。でもそれには、私の『心当たり』に聞いておかなければいけない。

 覚悟を決めて呼び鈴を鳴らす。これも魔導具の一種で、この館の中にいる人にだけ伝わる音が放たれる。


「ティア様、どうされました?」


 程なくして音を聞いて駆けつけてきたジュール。少し息が上がってるところからすると、結構な速さでここまで来たのだろう。わざわざそんなに急がなくてもいいだろうに……仕方のない子だ。


「ファリスがいたら呼んで欲しいのだけれど……」

「わかりました。もしいなかったら帰ってすぐに向かってもらう形でいいですか?」

「それでお願い」


 さっきもファリスが散歩に行っていたみたいだし、私が帰る前に衛兵達と一緒に片付けをするように指示してある。まだここに帰ってなくても何も不思議ではなかった。お父様と話をしている間に戻っているかと思ったんだけど、流石に早急だったみたいだ。

 ……仕方がない。こうなったら帰ってくるまでのんびりお茶を飲んで待っていよう。これは必要な事なのだ。決して探しに行くのが面倒だという訳ではない。それに、無闇に探し回って入れ違いになってしまうといつまで経っても会えなくなるからね。


 ――


 自室でお気に入りの深紅茶をたしなみながらのんびりと待っていると、ファリスが少し疲れた顔をして入ってきた。


「あ、おかえりなさい」

「……ただいま」


 私に向かい合うように座ったファリスに労いのお茶を注いであげると、彼女は渡した瞬間一気に飲み干してしまった。ちょっと冷めていて味わいが変わっているからもう少し味わって飲めばいいのに……とも思ったけど、流石に口には出さなかった。そもそも片付けの手伝いを指示したのは私だし、遠慮していた衛兵長に無理を言ったものだしね。


「疲れてるみたいね」

「うん。面倒だから燃やして終わらせようとしたら『それは許してくれ』って頭を下げられちゃったから……」


 なるほど。流石のファリスも頭を下げられては弱いか。

 もう一杯欲しいと訴えるようにカップを突き付けるように差し出してきたから、もう一度注いであげる。二度目の一気飲みでようやく落ち着いたようで、顔の疲れが少し抜けていた。


「それで、用事って何? ジュールがティアちゃんの命令で探してたって教えてくれたんだけど……」

「実は――」


 本当はもう少しゆっくりしてから切り出そうと思ったけど、先に聞いてきたから伝える事にした。

 お父様と話をして、誰かをシルケット王家への援軍の一人として向かってもらおうと考えたところ、私の頭の中にファリスが候補として挙がったという事も全部だ。

 最初は少し面倒臭そうに聞いていたファリスだったが、終わる頃には観念したかのような表情をしていた。


「わかった。シルケットに行って、そのグロウゴレムとかいう兵器をぶっ壊せばいいんだね」

「……随分聞き分けがいいのね?」


 納得顔でそんな事を言うから、ついつい疑惑の目を向けてしまった。こんなに素直に聞いてくれるなんて全く思ってなかったからね。


「だって、ティアちゃんが期待してくれるんだったら応えてあげたいし。それに……これが終わったらもちろんご褒美もらえるんだよね?」


 あー、なるほど。そっちの方を期待してたのか。確かに最近はあまり構えていない。拠点を転々として戦っているし、ファリスが望んでいるような楽しい生活は送れないだろう。それならいっそ、早く終わらせる事に貢献する……という事なのかな。


「……ま、まあそれくらいならね」

「ほ、本当!? 一日ずっと一緒にいてくれる?」

「この戦いが終わったら、ね」


 ダークエルフ族との戦争が終わったらきっと学園に戻る事が出来るだろう。そうすればファリスとも一緒に通えるし、行きも帰りも一緒になるだろう。寄り道なんかして前よりも楽しく過ごせそうだ。


「約束だからね!」

「ええ」


 あまりにも眩い笑顔を繰り出してくるからすぐに頷いてしまった。それを受けて更に笑顔が輝きを増した。


「とりあえずまだ正式に決まったわけじゃないからゆっくりしてちょうだい。明日お父様に説明をするから、詳しい事はその後でね」

「じゃあ今日は一緒に寝ても良い?」

「……しょうがないわね」


 なんで? という気持ちが湧いてきたけれど……まあ、偶にはそういうのも良いかなと思った。

 誰かと添い寝なんてした事するのは初めてだから、今からちょっとドキドキしてしまう。


「なんだか今日は優しいね」

「ファリスはいつも頑張ってるし、偶にはご褒美をあげないとね」


 なんだかんだ言ってジュールの師匠もしてくれているし、結構働いてくれている。

 色々と助かっているんだから、これくらいは安いものだ。


 ――そんな軽い気持ちで引き受けたのがいけなかったのだろう。その日の夜は中々眠る事が出来なかったのは言うまでもない。

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