495・実際の現場
ファリスの歩んだ道を案内されながら現場に向かった私は、途中で衛兵が道を塞いでいるのを見つけた。多分、あそこに死体があるんだろうな、と軽い気持ちで考えていたら、案の定衛兵には呼び止められる。
「そこの二人。今ここは危ないから向こうに行きなさい」
背が低い私を見下ろすような形になった彼は、えらく真面目そうに見えた。堅物である……と言い換えてもよさそうだ。
「わたし達もそっちに用があるんだけど?」
「悪いが、今は倒す事は出来ない。諦めて欲しい」
むーっ、と頬を膨らませて抗議するファリスに全く動じていない。その精神力は大したものだ。いや、甘く見過ぎているだけか。ファリス自身は気付いていないかもしれないが、それなりに強い殺気が漏れている。抑えようとしないそれを涼しげに受け流すのは、彼がファリスの実力を把握しきれていないからだろう。
「生憎だけど、貴方の答弁を聞いている余裕はないの。私はエールティア・リシュファス。至急確認したいことがあるから今すぐ通しなさい」
「リシュファス……」
強気に言うと、衛兵の人は少し怯んだ様子を見せてきたけれど、やっぱりあまり通じないのか同じように力強い視線を向けてきた。
「しかし、その証拠は――」
「これ。女王陛下の委任状です」
今回はちょっと違うけれど、私が本物のリシュファス公爵令嬢である事を証明するためにはこれが手っ取り早かった。案の定動揺して私と委任状を交互に見ていた。
「私の護衛の一人がこの近くで魔人族と交戦したと報告を受け、猫人族の三人が死んでいると聞いています。恐らく彼らはリシュファス公爵閣下に会いに来た使者でしょう。彼らが持っていたであろうシルケット王家の手紙はこちらで確保しています」
わざと丁寧な口調で圧を掛けた私にたじたじの様子の衛兵の彼は、少し待つように私達に言い聞かせるように告げ、そのまま奥へと引っ込んでいった。恐らく上司の人に確かめているのだろう。
しばらく待たされた結果、ファリスが少し苛立った様子で片足で地面をたんたんと音が出るように踏んでいた。
衛兵の人は少し弱腰というか……先程の勢いがなくなった。
「……申し訳ありません。こちらの方にどうぞ」
勢いよく頭を下げて道を空けてくれた衛兵の横を通ると、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。少し印象に残るその顔を横目に通り抜ける。私が公爵令嬢だというだけでは通れなかっただろう。ダークエルフ族の拠点に関して一任されている上、この時期にシルケットからの手紙を持った使者なんてまずそれ関連だと判断されたからこそだと思う。
先に進むと、他の衛兵からも頭を下げられる。そのまま奥へと進んでいくと、死体を片付けようとしていたであろう衛兵達と指揮を執っているであろう男性がいた。死体は布で巻かれていて、既に誰かわからないようにされているが、種族の事を考えると大体大きさでわかる。
「お待ちしておりました。エールティア様ですね」
「ええ」
「私はここの指揮を任されているカインツと申します。それで……遺体を改めたいという事ですが、間違いありませんか?」
そこまでは話していないけれど、私がしたいことを大体把握しているみたいだし、変に弁明するつもりはなかった。
深く頷いた私に対し、戸惑いを浮かべる彼の気持ちもわかる。私のような少女が人の死体を見たいなんて、それは流石におかしい事だ。私自身は自分の事をわかっていても、周囲からみたら少女が死体あさりをしようとしている変な光景に見えるだろう。
「……早く」
「は、はい! それで、どっちを確認しますか?」
「魔人族の方を。猫人族の方は手厚く葬ってあげなさい」
「はい!」
そこから彼らの動きは実に迅速だった。テキパキとどんどん遺体を運んでいって片付けていく。急いでやってるとどうしても雑さが目立ってしまう。それなのに、彼らからはそういうものは感じられない。実に手際が良い。
「こちらが猫人族を襲ったであろう魔人族です」
一つだけ他の遺体と分けられていて、そこに私は案内された。布の少し取り払って顔を見てみると、それは確かに魔人族に見えた。大人の男の人で、とてもじゃないけど猫人族に警戒されない要素を満たしていない。
「ファリス、彼で間違いない?」
「うん。……あれ? でもちょっと違うかも」
なんだかはっきりしない曖昧な返答が気になって、ちょっとだけ男の顔を触ってみる。半ば確信するように髪の毛をかきわけるように触っていると、明らかに硬い感触が伝わってくる。
「……なるほど」
「どうしたの? 何かわかった?」
衛兵の男性も不思議そうに見ている。確かに普通はわからない。だって、魔人族と
つまり彼は、魔人族のふりをした悪魔族という訳だ。それもわざわざ自分達のトレードマークである角を削って。
これは……中々有用な情報を手に入れた。やはり悪魔族が絡んでいた。この事はお父様にしっかり報告しないとね。
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