491・リティア再び

 久しぶりに訪れた中央都市リティアは賑わいを見せていた。……いや、正確には門の外が賑わっていただけなんだけどね。


「お疲れ様です。エールティア様」


 都市の通り道である門まで差しかかった時に敬礼をしてきてくれた兵士は私の事を覚えてくれていたのか、ビシッと敬礼をしてくれた。普段は門が解放されていて、自由に人の行き来が出来るんだけど、今は閉じているようだ。検閲してから通しているところを見ると、私の知るリティアとは少し違って見える。


「ふふっ、ご苦労様。そっちは変わったことある?」

「人通りが多くなったこと以外は平和そのものです。ダークエルフ族との戦争が行われているなんてまるで嘘のようです」


 朗らかに笑う彼の気持ちはよくわかる。何も起こらずに日常を送り続けていると、戦いなんて他人事に思うだろう。ましてやここはティリアースの中核。周辺に基地が存在しないのが穏やかな日常に更に拍車をかけている。


「それで、ここを通っても良い?」

「ああ、はいどうぞ。エールティア様なら何も問題はありません」


 にこやかに通してくれる兵士の横を通って中に入ると、リティアの内部も大分賑わっている。毎年行っているからか、まるで故郷のように懐かしい光景だ。


「ティア様、鳥車に載せている人達、預けなくてよかったんですか?」

「馬鹿ね。ここで渡したってどうしようもないでしょう」


 ジュールの素朴な疑問にファリスが鼻で笑って返してきた。それに対してむっとした表情で抗議の視線を投げかける。


「どうせ城に行くのだからそこで渡した方が手間が省けていいと思うの。どうせ【ナイトメアトーチャー】でずっと眠っているんだしね」


 何も質問されることなく無意味に悪夢を見る事を強要されている姿は哀れなものだが、同情する余地は一切ない。私に敵対するからこうなるのだ。


「あそこで預けても迷惑になるだけ。それならお城の方で引き渡した方が良い。でしょう?」

「そ、そうですね」


 とりあえず納得したファリス。鳥車の中で一通り雑談を交わしていると、やがて王城に辿り着いた。そこにもやはり門番がいて、いつもよりも厳重に警備されていた。


「止まれ! 止まれ!」


 こちらの鳥車に制止するように指示を出した兵士は、私が降りてきたのを見ると最初に言葉を交わした。


「これは……エールティア様でいらっしゃいましたか」

「お疲れ様。精が出るわね」


 素晴らしい敬礼をしていた兵士達は、あの門番とは少し違って態度が硬い。真面目な感じが伝わってくる。


「それで、ここを通っても?」

「はい。貴女様でしたら何も問題はありません。ただ――」

「ただ?」


 問題ないと言っていてもどうにも困った様子だ。こんな風に言いにくそうにしているのを見るのは珍しい気がする。


「女王陛下は今現在こちらにはいらっしゃらないので、拝謁する事は叶いません」

「……え? ここにいないとなると、今はどこに行ってらっしゃるんですか?」


 思わず口調が改まってしまった。国の一大事にその長たる女王陛下がいないなんて普通に考えたら有り得ない。それこそ司令塔としてここに留まって指示を出していると思ったのに……。


「はい。今はリシュファス公爵閣下が代理を務めて指揮を執っております。女王陛下は被害を受けている各国の首脳が一堂に会する話し合いに行かれました」

「……なるほど」


 それは本当に大丈夫なのかと考える。聖黒族の女王となればダークエルフ族としては絶好の標的。そんな御方がわざわざ出席する会談なんて狙われない訳がない。しかも城の門番が知っているような情報。そこらへんにいてもおかしくない彼らなら仕入れていても何の不思議もない。それがわからない女王陛下ではないはず。となれば、何も考えなしに引き受けた訳がない。


「公爵閣下は今は自分の執務室に?」

「恐らくいらっしゃると思います」

「わかった。それで、入っても良い?」

「ええ。どうぞ」


 最初の思惑とは違う。でも女王陛下に会えないなら、今持っている情報だけでもお父様に伝えた方が良いだろう。作戦変更というやつだ。


「ありがとう。……ジュール。彼らにあの人達を渡しておいて」

「は、はい」

「ファリスは鳥車を適当な場所に停めておいてちょうだい」

「うん、わかった」


 二人に指示を出して、私は一人城の中を歩くことにした。お父様の執務室は大体把握している。

 目を閉じていても歩けるくらいだ。


「お疲れ様」

「あ、エールティア様! ありがとうございます!」


 私の名前は全員に覚えられているのか、会う人に挨拶する度に感激するかのように勢いよく頭を下げられる。そんな行為を繰り返していき、たどり着いた執務室。

 ノックの音を響かせ、静かに扉を開けて「失礼します」と声を掛ける。


「……エールティア?」


 急いでこっちに来たからか、手紙を出さずに(ただ単に忘れて)来た結果、お父様は驚いた様子で私の顔をまじまじと見ていた。頭の中で色々考えていたせいか、こんな初歩的なミスをするとは自分でも思わなかった。……とりあえず冷静になろう。私はただ単に会いに来たわけではないのだから。

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