480・最初の苦戦
なんとかクーティノスと扉の両方を処理した私は、十全に扱えるようになった魔力を使って【テリオスセラピア】をファリスに発動させ、完全に回復させる。
先程まで苦痛に歪んでいた顔が穏やかな感じに戻って、痛みがないか助かめるように肩から腕を回していた。
「ん、はあ……ひどい目に遭った」
しばらく身体の動きを確かめたファリスは、一息つくように深く息を吐いた。
「もう動けると思うけれど、あまり無理しないでね」
「うん、わかった」
流石に先行しすぎていた事を反省したのか、ファリスも殊勝に頭を下げていた。
……こういうファリスも珍しいし、許してあげるとしよう。
「もう動けるでしょう。そろそろ拠点から出るわよ」
「あいつは追いかけなくていいの?」
「……どうせまた会う事になるでしょう。その時は決して逃がさない」
あの老人が私の事を憎悪している以上、ここで決着を付けなくてもまた会う事が出来る。問題は、そこからどこまで強くなっているか想像がつかない――この一点だろう。
「……わかった」
「残念だった?」
「当たり前だよ! 今度会ったら絶対にわたしが倒す! この借りは必ず返すんだから!」
余程あの老人に出し抜かれた事が悔しかったのだろう。ファリスは握り拳を作ってわなわなとその身を震わせていた。その気持ちもよくわかる。あれだけ虚仮にされた挙句、一つもお返しする事が出来なかったんだしね。
「その時が来たら、任せるわね」
「お願いね!」
私としてはどちらが殺しても構わない。いなくなってくれれば問題ないのだから。
「それじゃ、さっさとここから脱出しましょうか」
「うん。あ、これどうする?」
ファリスが指さした場所にあったのは、クーティノスの残骸だった。首の部分から丹念に【アシッドランス】を唱え続けた結果、なんとか胴体の魔石まで辿り着くことが出来た。それを砕いてようやく動きが停止した。残ったのは中途半端に壊された鉄の獣というわけだけど……どうしよう?
正直持って帰るのも面倒だ。かといってこのまま放置した結果、戻ってきたダークエルフ族に拾われて新しい改造を施されるのがオチだろう。
「……再利用できない程徹底的にやりましょうか」
「ふふっ、りょうかーい」
持って帰りたいのかと思ったけど、どうやら逆に壊したかったようだ。あの老人に与えられた鬱憤を少しでも返そうと思っているのだろう。その顔は結構悪い顔をしていた。
これは……もうしばらく時間が必要になりそうだ。
――
無事に拠点の外に出てきたのは、あれから随分と時間が進んでいたのか、すっかり陽が落ちて月が顔を見せていた。それもそうか。私が徹底的にやろうと言ってからしばらく……完全に砕け散るまでファリスの攻撃が止むことはなかった。
余程ストレスを感じていたのだろう。止めるのも気が引けたから、余計に白熱したのかも。
「すっかり遅くなっちゃったね」
夜にはあまり似合わない晴々とした顔でスキップしながら歩くファリスの後ろをついて行く。考え事をしていると、自然に足は重くなるものだ。
何をそんなに考えているのかというと、やはり今日制圧した拠点の件だ。
結局上部に生き物を見つける事はできなかった。下部――地下で見つけたあのダークエルフ族の老人だけ。たった一人であそこを使っていたなんておかしなはなしだ。既に放棄された場所にしてはアーマーゴレムやクーティノスといった兵器をそのまま放置しているのも不自然だ。となれば……残りの拠点に何かあると考えた方が妥当だろう。というかそれしか思いつかない。
「ティアちゃん?」
「……あ、ごめんなさい。少し考え事してて」
何度か呼びかけてくれていたのだろう。心配そうな顔をして覗き込んでいた。
「考え事って……あのクーティノスってやつ? それとも結局逃げちゃったやつのこと?」
「両方。最初は廃棄された拠点だと思っていたでしょう。実際、あそこには沢山の兵器があったし……もしかしたら他の拠点にも何かあるんじゃないかなってね」
「……上等。またあんなのがだったら、今度はあんな無様はさらさないから」
にやりと笑うファリスは拳を握り締めていた。やっぱりあれだけではストレス発散にはなっても、受けた屈辱を返上するまではいかなかったようだ。
その目はずっと先を見ていて、本当に楽しみにしているのがよくわかった。
「威勢が良いのはいいけれど、一度ゆっくり休んでからね」
「えー」
子どものピクニックに水を差すような発言をした私に、ファリスは口を尖らせて不満をあらわにする。当然だ。正直今回はいつも魔力の消耗が激しい。クーティノスの相手をするには必要以上の魔力を消耗しないといけなかったし、ファリスを回復させるのも必要だったから、予想よりも大分疲れを感じていた。
ここから何も準備をせずに挑むのは少々骨が折れる。少なくとも立て続けに攻略するのはあまり現実味があるとは言えないだろう。
ファリスには悪いけれど、しっかり休んで次に備えてから戦いに挑む。万全を期すことが出来るのなら、その方が遥かに良い。疲労を感じながらの戦闘の辛さくらいはわかるからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます