479・諦めの悪い男

 呆然としていたダークエルフ族の老人は、改めて私ににらみを利かせてきた。

 ……まあ、正直なんとも思わないけどね。さっきのピンチの時だって同じような感じだったし、もう今更だ。


「それで、次は何をして楽しませてくれるのかしら?」


 念のためにクーティノスの肩辺りに【アシッドランス】をぶつけて、変な動きをしないように徹底的に潰しておくことにした。これらについての情報が全くない以上、何が起こるかわからない。潰せるところは潰しておいた方がいいだろう。そんな私の意図を知ってか、忌々しいもの見るような目をしている。


「おのれ……よくも……!!」

「そう思っているのならかかってきたらどうなの? もっとも……それが出来ないからそんな恨み言しかいえないのでしょうけど」


 鼻で笑ってあげると、舌打ちをしてこちらに杖を握り締めてこちらに向かってくる。でも足は震えていて、真正面から戦えばどうなるかわかっている反応だ。


「無理しない方がいいわよ。大人しく貴方達が作った物が壊されていくのを大人しく眺めていなさいな」


 クーティノスは足を失って以降は口を動かしてこちらを噛もうと必死にもがいているようだった。……いや、鉄の塊だからそういうのじゃないか。忠実に命令を守ろうとしているその仕草は、裏切る事がある知性を持つ人たちに見習って欲しいくらいだ。


「よくもっ……! 聖黒族め! 貴様らがいなければ……!!」

「いなければ? いても変わらないでしょう。こんな事をする輩はね」


 完全に機能停止するまで攻撃を続けるのも疲れる。いっその事、先に目の前の老人を始末してからゆっくり動いた方がいいだろうか? なんて考えが頭をもたげる。もはや私の中で、この男を生かしておく気は失せていた。

 ダークエルフ族の危険性は十分承知していた。だけど考えが浅かった。この種族は今始末しなければならない。


 このクーティノスと呼ばれる兵器がどれほどの数いるのかわからない。だけどこんなものをのさばらせておけばいつか必ず私達の害になる。たかだか部屋一つ分くらいの魔力阻害も私や直接武器を扱う人以外には脅威になるだろう。

 それだけは許さない。この世界を炎と血で塗り潰すような真似はさせない。


「ふ、ははは、そうか。そういう事か……」


 きっと恐ろしい顔をしているだろう私を見て、老人は先程とはうって変わった笑みを浮かべていた。

 それは何かを見つけた嬉しさに満ちていて、とてもじゃないけど追い詰められた者のする顔ではない。嫌な予感がする。


「【アシッドランス】!」


 予感に従うように酸性の槍を老人に向けて放った。今もクーティノスの影響を受けているとはいえ、生身の人ならまず命を落とす程の力はある。


 防ぐ術がないと思っていた。直撃すると信じていたけど、それは彼が身につけていた指輪が光だして壁を作った事で変わった。

 光の壁に当たった【アシッドランス】は、その壁を巻き込んで消える。


「……ちっ、まだそんな魔力を残していたか。保険がなければ死んでいたわ」


 自らの愉悦の邪魔をされたような目で私を睨んでいる。

 軽い音を立てて指輪が粉々になったところを見ると、あれもダークエルフ族が持っている技術で作った物なのだろう。

 多分、魔石に込められていた魔力を使った……のだと思う。それくらいしか説明がつかない。まさか古代の道具な訳もないしね。それだったらもっと使い時を考えるだろう。


 それにしても……このクーティノスといい、私の魔導を防いだ魔石の指輪といい――私達の技術の明らかに上をいっている部分がある。ただ埋伏していただけではない事を窺わせるけれど、一体どうやってこんな技術を習得したのやら。


 とりあえずもう一発【アシッドランス】を撃って終わりにしよう。じりじりと後退している老人に狙いを定め、再び魔導を発動させる。老人に防ぐ手段が一切なければ確実に命中する軌道だったのだけれど、そこは向こうの方が一枚上手だったようだ。暗視魔導で補正されている視力で確認する限りでは壁の一部がへこんだと同時にその老人がいた部分の壁がくるりと回転して消えてしまった。

 肝心の【アシッドランス】が壁に当たったけれど、貫通まではいかなかくて、中途半端に溶かす程度に留まってしまった。


「ちっ、そうね。逃げ道くらい用意してないとね」


 やっぱりちょっと冷静じゃなかったみたいだ。この程度の事も見抜けないなんてね。若干八つ当たり気味に動けなくなったクーティノスに【アシッドランス】をぶち当てて舌打ちをする。あともう少しで逃げられた。その事実に苛立ちを覚える。


「ティ、ティア、ちゃん」

「……ファリス。大丈夫?」


 ようやくまともに話すことが出来るようになったのか、こちらを心配するような目で見ていた。


「……ええ、大丈夫。貴女はもう少し休んでいなさい。しばらくしたら脱出できると思うから」


 ちらりと私達が入ってきた場所――固く閉ざされた扉を眺め、今度はこっちをなんとかしないといけない……ってことね。これまた随分と時間が掛かりそうだとため息が漏れてしまいながら取り掛かるのだった。

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